毛玉みけ

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8/11/2024, 8:56:00 AM



終点は今日、此処にした。

僕がいま決めた。

思い立ったが吉日、と言うし。



それに、今日ほどぴったりな日は今後ないかもしれないのだから!



じんわり汗が出るくらいの、丁度いい暑さ。

うるさいくらいの蝉の声。今はそれが心地いい。

見晴らしもいいし、爽やかな風も頬を撫でてくれる。

何より良いのが空が私の好きな色の青だってこと。


「ふぅー……。」


僕の生まれ育った街を見下ろす。

満足げな溜息。

これは誰のものでもなく僕のものだ。

24年間、耐えてきた僕の。


「んふ……、」


思わず笑みが零れる。

さっきコンビニで買った、家で食べようと思っていたパンを取り出してひとくちかじる。

1番好きなパンを買っておいてよかった。

やっぱり砂糖がたくさんかかったこれをじゃりじゃり食べているときが最高に幸せだ。

こんなにお腹の底まで息を吸えたのは久しぶりな気がする

空気が美味しい……気がした。



ゆっくりと砂糖を味わいながら、少し遠くの街を眺める。



街を見下ろしても思い出すものは何も無い。

いや……それは嘘だけれど、
でも別に思い出したくもないから、そう言い聞かせる。


24年間、頑張った。

どこで間違えたのか分からないけど、頑張ってきたことだけは事実だ。

少なくとも、自分にとっては事実。
誰になんと言われようが。

……もし自分が間違えたところに戻れて良い方へやり直せるんだとしたら、僕は果たして過去に戻るだろうか?


「…………。」


落ちてしまった気分を押し込むようにして最後のパンの欠片を口に入れる。

もう1度味わい直そう。

じゃりじゃり美味しい私の好きなパン。

うるさいくらいの蝉の声。

心地いい風。



そろそろ、行こうか。



「まだ登るのー!?」

「もうちょっとだってば、めっちゃ景色いいから」


背後から男と女の声。
思わず振り向く。

疲れたような足音が聞こえる。

「ほら着いた。めっちゃ景色、いいから……」

「つかれたぁあ、こんな歩くなら言っといて……」

「…………。」

3人とも目が合って、微妙な空気が流れる。

小声になる男女2人。

カップルらしい、手を繋いでいる。


さて、僕はそろそろ帰ろうかな。

ここは僕の終点の候補地として、覚えておこう。

でも今日じゃなかったな。

今日っぽいと思ったのは、きっと僕の勘違いだったんだろうから。

カップルに軽くお辞儀をして、自転車に跨る。

早く家に帰ろう。






END
「終点」



8/8/2024, 12:32:52 PM



「貴方たちは蝶よ花よと育てられてきたのよ」

母がよく言っていた言葉だ。


「大事な蝶や、可愛い花や」

そう言って、私たち2人を抱きしめてくれていた母はもういない。


母の遺してくれたこの立派でモダンな御屋敷の素敵な庭で、君が話をしたいと言うから。

今日は明るい色の服を着てきた。
いつまでも暗い気持ちのままじゃダメだと、そう思って。



「ねぇ」

産まれる前からずっと一緒に居る君。


ずっとずっと仲良しで、

なんでも分かり合えて、

きっとこれからも仲良しで居られると思ってた。


「私たちって、どっちが蝶でどっちが花なのかな」

「え?」


最初は笑ってしまったけれど、君の真剣な目に私の笑みも消える。
でもその冷たくも見える瞳には私を映さない。


「お母様にとって私と貴方、どっちが“大事な蝶”なんだろうね」


何を言っているかよく分からなかった。


「……え、そんなの……どっちもに決まってるでしょ。
どっちかだけが大事なんてそんなこと、ある?」

「…………。」


黙って視線を落とす君に不安になった。

君は何を悩んでいるの?
何を心配しているの?

本当は、何を 言いたいの?


「…………私が……蝶でもいい?」


ようやく口を開いた君は、泣きそうな顔。

どちらが蝶でどちらが花かなんて、私にとってはどうでもいい。

君が泣かないことがいまは1番大事だと思った。


「いいよ。君が蝶。お母様の大事な蝶。」


私が笑ってみせると、君も悲しい顔のまま少し笑った。

君が後ろ手に握っている手紙には気づかないフリをしてあげよう。

なぜ君がそれを隠しているのかは分からないけれど。
君が笑ってくれたから、それでいい。








END
「蝶よ花よ」
~大事な蝶~



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「貴方たちは蝶よ花よと育てられてきたのよ」

母がよく言っていた言葉だ。


「大事な蝶や、可愛い花や」

そう言って、私たち2人を抱きしめてくれていた母はもういない。


それでも、母の遺してくれたこの立派でモダンな御屋敷でずっと貴方と2人で暮らしていこうと思っていた。

お母様の書斎に、あの手紙を見つけるまで。


『私の、大事な蝶へ』と書かれた手紙。

この屋敷は蝶へ譲ると、
残った遺産も蝶だけに渡すと、
本当はずっと蝶だけを愛していたのよと、そう書かれた手紙だった。


なぜお母様はそんな酷いことを言うのかととにかく悲しくて、貴方の部屋の扉をノックして庭で話したいことがあると言った。

子供の頃からの私たちのお決まりの場所。





だけど待っている間に気になってしまった。

私たちのどちらが、愛されていなかったのか。




でもそんなのもう本当は分かっていたんだ。




「ねぇ」

産まれる前からずっと一緒に居る貴方。


ずっとずっと仲良しで、

なんでも分かり合えて、

きっとこれからも仲良しで居られると思ってた。


「私たちって、どっちが蝶でどっちが花なのかな」

「え?」


きっと貴方が蝶。
だって私は出来損ないだから。



「お母様にとって私と貴方、どっちが“大事な蝶”なんだろうね」

「……え、そんなの……どっちもに決まってるでしょ。
どっちかだけが大事なんてそんなこと、ある?」



貴方はなんでも出来て、社交的。

でも顔は私のが可愛くて……。




​────大事な蝶や、可愛い花や。




「…………。」



貴方はこの手紙の存在を知らないだろうか。




「…………私が……蝶でもいい?」



貴方は、私を許してくれるだろうか。



「いいよ。君が蝶。お母様の大事な蝶。」


貴方がいつものように笑ってくれる。
なんだか自分が惨めで、私も笑ってしまった。

愛されなかった事実は変わらないけれど、形だけでも。
どうか、お願い。



許して。




END
「蝶よ花よ」
~ホワイトゼラニウム~