「貴方たちは蝶よ花よと育てられてきたのよ」
母がよく言っていた言葉だ。
「大事な蝶や、可愛い花や」
そう言って、私たち2人を抱きしめてくれていた母はもういない。
母の遺してくれたこの立派でモダンな御屋敷の素敵な庭で、君が話をしたいと言うから。
今日は明るい色の服を着てきた。
いつまでも暗い気持ちのままじゃダメだと、そう思って。
「ねぇ」
産まれる前からずっと一緒に居る君。
ずっとずっと仲良しで、
なんでも分かり合えて、
きっとこれからも仲良しで居られると思ってた。
「私たちって、どっちが蝶でどっちが花なのかな」
「え?」
最初は笑ってしまったけれど、君の真剣な目に私の笑みも消える。
でもその冷たくも見える瞳には私を映さない。
「お母様にとって私と貴方、どっちが“大事な蝶”なんだろうね」
何を言っているかよく分からなかった。
「……え、そんなの……どっちもに決まってるでしょ。
どっちかだけが大事なんてそんなこと、ある?」
「…………。」
黙って視線を落とす君に不安になった。
君は何を悩んでいるの?
何を心配しているの?
本当は、何を 言いたいの?
「…………私が……蝶でもいい?」
ようやく口を開いた君は、泣きそうな顔。
どちらが蝶でどちらが花かなんて、私にとってはどうでもいい。
君が泣かないことがいまは1番大事だと思った。
「いいよ。君が蝶。お母様の大事な蝶。」
私が笑ってみせると、君も悲しい顔のまま少し笑った。
君が後ろ手に握っている手紙には気づかないフリをしてあげよう。
なぜ君がそれを隠しているのかは分からないけれど。
君が笑ってくれたから、それでいい。
END
「蝶よ花よ」
~大事な蝶~
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「貴方たちは蝶よ花よと育てられてきたのよ」
母がよく言っていた言葉だ。
「大事な蝶や、可愛い花や」
そう言って、私たち2人を抱きしめてくれていた母はもういない。
それでも、母の遺してくれたこの立派でモダンな御屋敷でずっと貴方と2人で暮らしていこうと思っていた。
お母様の書斎に、あの手紙を見つけるまで。
『私の、大事な蝶へ』と書かれた手紙。
この屋敷は蝶へ譲ると、
残った遺産も蝶だけに渡すと、
本当はずっと蝶だけを愛していたのよと、そう書かれた手紙だった。
なぜお母様はそんな酷いことを言うのかととにかく悲しくて、貴方の部屋の扉をノックして庭で話したいことがあると言った。
子供の頃からの私たちのお決まりの場所。
だけど待っている間に気になってしまった。
私たちのどちらが、愛されていなかったのか。
でもそんなのもう本当は分かっていたんだ。
「ねぇ」
産まれる前からずっと一緒に居る貴方。
ずっとずっと仲良しで、
なんでも分かり合えて、
きっとこれからも仲良しで居られると思ってた。
「私たちって、どっちが蝶でどっちが花なのかな」
「え?」
きっと貴方が蝶。
だって私は出来損ないだから。
「お母様にとって私と貴方、どっちが“大事な蝶”なんだろうね」
「……え、そんなの……どっちもに決まってるでしょ。
どっちかだけが大事なんてそんなこと、ある?」
貴方はなんでも出来て、社交的。
でも顔は私のが可愛くて……。
────大事な蝶や、可愛い花や。
「…………。」
貴方はこの手紙の存在を知らないだろうか。
「…………私が……蝶でもいい?」
貴方は、私を許してくれるだろうか。
「いいよ。君が蝶。お母様の大事な蝶。」
貴方がいつものように笑ってくれる。
なんだか自分が惨めで、私も笑ってしまった。
愛されなかった事実は変わらないけれど、形だけでも。
どうか、お願い。
許して。
END
「蝶よ花よ」
~ホワイトゼラニウム~
8/8/2024, 12:32:52 PM