『記憶の海』
砂浜に波が寄ってくる。そして静かに引いていく。海と空の境界線は、はっきりしているようで曖昧だ。それくらいに空が青い。私はぼんやりと今までのことを思い出す。
今までこの海で過ごした思い出、記憶。それらは、まるで存在していないと思ってしまうほどに鮮やかだった。
記憶はまさに海だ。けれども、海のようにもっと気軽に、当たり前のように触れられるものであってほしい。そうでないと、あなたと過ごした日々ですらも妄想だと勘違いしてしまう。
『届かない……』
叶わない恋をした。
その人は人気者で、かっこよくて、性格も良くて、運動神経も良くて、頭も良い。非の打ち所がなかった。
初めて話したときも、優しく接してくれた。「今度のテスト勝負しよう」なんて笑ってた。あなたの点数に届くはずもないのに。
どれだけ私が自分を磨いても、あなたはきっと見向きもしない。この好意は絶対に届かない……だから私は、卑屈にもこんなことを思う。
あなたの見る目がなければ良かったのに。
『木漏れ日』
日差しの強さに負けて、木の下に入ると、幾分か涼しい。
鋭い日差しが、なんだか懐かしい木漏れ日になる。
ああ、そうか、私。
木の傍にあるお墓に手を合わせた。
あなたとの思い出を振り返っているから、こんなにも懐かしいんだ。
『ラブソング』
夕焼けに染まった空を背景に、あなたと私がいる。
教室にたった2人。
向こうから聞こえる、吹奏楽部の音。
それがラブソングだと知らずとも、
十分すぎるほど美しかった。
『青い青い』
仕事の多忙さに溺れて、電車の中でウトウトしていた。何とか手に入れた座席。それをありがたく享受して、今にも眠りにつこうとした。
「今日は楽しかったね」
「ねー!ありがとう付き合ってくれて」
「いいんだよ、こっちこそありがと」
聞こえた会話に、不覚にも耳を澄ませた。まだ幼い男女の声だった。恐らく高校生か大学生あたりだろう。
「そーいえばだけど、好きな子とは進展あった?」
「何もないよ。俺を慰めてくれてもいいよ」
「えへへ、かわいそう」
「煽るんじゃない」
「だってねえ」
「はあ、もう諦めようかな〜」
「…諦めちゃうの?」
「うん」
女の子の声が幾分か弾んだのがわかった。それで、私はこの2人が生きている世界の青さを知った。彼らの世界は青い、本当に青い。私は、きっとこれから夢の中で彼らの青い世界のその先を見るんじゃないかと思った。