『届かない……』
叶わない恋をした。
その人は人気者で、かっこよくて、性格も良くて、運動神経も良くて、頭も良い。非の打ち所がなかった。
初めて話したときも、優しく接してくれた。「今度のテスト勝負しよう」なんて笑ってた。あなたの点数に届くはずもないのに。
どれだけ私が自分を磨いても、あなたはきっと見向きもしない。この好意は絶対に届かない……だから私は、卑屈にもこんなことを思う。
あなたの見る目がなければ良かったのに。
『木漏れ日』
日差しの強さに負けて、木の下に入ると、幾分か涼しい。
鋭い日差しが、なんだか懐かしい木漏れ日になる。
ああ、そうか、私。
木の傍にあるお墓に手を合わせた。
あなたとの思い出を振り返っているから、こんなにも懐かしいんだ。
『ラブソング』
夕焼けに染まった空を背景に、あなたと私がいる。
教室にたった2人。
向こうから聞こえる、吹奏楽部の音。
それがラブソングだと知らずとも、
十分すぎるほど美しかった。
『青い青い』
仕事の多忙さに溺れて、電車の中でウトウトしていた。何とか手に入れた座席。それをありがたく享受して、今にも眠りにつこうとした。
「今日は楽しかったね」
「ねー!ありがとう付き合ってくれて」
「いいんだよ、こっちこそありがと」
聞こえた会話に、不覚にも耳を澄ませた。まだ幼い男女の声だった。恐らく高校生か大学生あたりだろう。
「そーいえばだけど、好きな子とは進展あった?」
「何もないよ。俺を慰めてくれてもいいよ」
「えへへ、かわいそう」
「煽るんじゃない」
「だってねえ」
「はあ、もう諦めようかな〜」
「…諦めちゃうの?」
「うん」
女の子の声が幾分か弾んだのがわかった。それで、私はこの2人が生きている世界の青さを知った。彼らの世界は青い、本当に青い。私は、きっとこれから夢の中で彼らの青い世界のその先を見るんじゃないかと思った。
『軌跡』
塾でバイトしていると、やはり私の第一志望だった学校を目指す生徒に出会う。その度に、私は羨ましくなる。まだ、この人には可能性があるんだ、と。彼らのまだ明るい瞳を、私はなかなか見ることができない。
いつまで引きずるつもりなのかわからないけれど、でも、私が思うのは、ここまで引きずっているのは、当時にそれだけ頑張った証なんじゃないかということ。
私は、彼らをその学校に合格させることで、私が合格したと錯覚しようと思った。最低だと思う、けれど、それで彼らが第一志望に合格するならいいじゃないか、とも思う。私が何年も夢見たその学校での生活。私は何度もその学校を調べた。だからきっと彼らよりは知っていると思う。その全てを使って、彼らを受からせて、私も受かった気になって、この泥みたいな感情を洗い流そう。
なんだかそう思うと、前向きになる。当時、泣きながら帰った日がたくさんあったことを思い出す。ああやって、ふらつきながら歩いた日も、今日につながっているんだ、と。こういうことを「軌跡」と呼ぶのだろうと、私は全員が帰った後の自習室を見て思った。
どうか、彼らが美しい軌跡を描く人になりますように。