[それでいい]
「少年」
探偵さんは、僕を勝手に助手に指名した。
そして、この事件に関して探偵さんが持ってる情報を全て僕に話してくれた。
アリバイも。考えられるトリックも。この館の背景も全て。
「これで、大体分かったかな?」
「まあ……全体像は見えるようになりましたね」
頷くと、探偵さんはうんうんと満足げに頷いた。
「それでいい。君は私が見る限り、1番この事件から遠い」
「はあ、そうですね」
偶然やってきて、事件に巻き込まれただけだし。
そんな僕に探偵さんは「それでいい」と笑う。
「君はどこまでも公平な部外者であるべきだ」
だから、と彼の目が細められた。
「全てを疑っていてくれ」
私も含めて。君の前では等しく容疑者だよ。
その言葉の真意を知るのは。
事件が解決して、彼がいなくなってしまった後だった。
[1つだけ]
1つだけあったりんご。
木の根元に転がって。
それを拾って、きれいに拭いて。
アップルパイにしたならば。
8つきれいに切り分けて。
1つあなたに分けてあげる。
「残りは?」
「え、全部食べるけど?」
[大切なもの]
僕の持ち物はそんなに多くない。
でも、どうしても捨てられないものがある。
それは、姉さんが死ぬ間際、僕に託した赤い石のイヤリング。
何度も捨てようと思ったけど。なぜか捨てられなかった。
あの日の姉さんの声も思い出せないのに。
言葉だけは、赤い石の中に残っている。
「私はこれまでだけど、貴方は自分を見失わないで」
「幸せになったら、捨てていいわよ」
化け物になってしまった姉さんの最期の言葉。
自暴自棄になった時期もあったけど、これが僕を繋ぎ止めてくれている。
幸せだと思う時もあったけど。捨てられなかった。
それはきっと僕の。人間だった僕の幸せは。
もう二度手に入らないからだろう。
[エイプリルフール]
「エイプリルフール」
少し早いお昼ご飯。
先に食べ終えた彼は、スマホを弄りながらポツリとつぶやいた。
「四月馬鹿とも言うね。君、どのくらい知ってる?」
「うーん。嘘ついていいのは午前中までとか?」
どこかで聞いた知識を返すと、彼はうんうんと頷いた。
「正午でネタバラシをする風習はあるね。ところで、暦の関係で今年からは2日前にやることになったって知ってた?」
「いや、さすがにそんな嘘には騙されないよ?」
「Wikipediaに出典付きで書いてあるよ」
え、マジで。と声を上げると、彼はスマホの画面をこっちに向けた。
「ホントだ……」
一昨日だったとは知らなかった。いや、信じるもんか。
まだ正午まで1分あるし。
「ところで。俺、さっき好きな人なんていないと言ったけど」
「言ってたね」
うん、と頷いた彼の言葉に妙な間があった。
なんだろう。と思った瞬間。
「あれ、嘘」
彼はスマホをしまいながら、さらりとそう言った。
スマホの時計が正午を過ぎていたかどうかは、分からなかった。
[幸せに]
キーホルダーを買った。
雑誌の広告で見かけたもので、小さな本のチャームと歯車と人形が付いたデザイン。
今使ってるやつが壊れたばかりで、ちょうど良かった。
注文から数日かかるらしいが、週末には届くらしい。
注文から2日ほどして、雑誌を読み返していて気が付いた。
広告のすみに売り文句が書いてある。正方形に囲われたそれを、なんとなく読んでみた。
「購入者からさまざまな声が」
「これを買って体調が」
「本のチャームはしっかりと作ってあって中には」
「これのおかげで宝くじが」
「これはまさに幸運の」
「これであなたも幸せに」
「……」
全部、最後が書いてなくて、なんか不安になった。
キャンセルするなら今のうちなのだろうか?