仕事の帰り道、ふと空を見上げた。
今日はなんだか一段と、星が美しいなぁ。
隣の家から、子供達の楽しそうな声が聞こえる。
あ、そういえば…今日は七夕か。
家に帰って筆をとる。
何をお願いしようか。
…決まってる。
妻と息子に合わせて欲しい。
二つの遺影を眺めながら毎日床につくのは、
もう…たくさんだ。うんざりだ。
どうか、どうか。
そう願いつつ、目を閉じる。
翌朝。
俺は妻と息子に会えた。
思った感じと大分違うけど、まぁ…いいか。
でも、祖母には悪いことしたなぁ。
今日から、三つの遺影を眺めながら、床につくことになるのだから。
それは突然の別れだった。
黒い額縁。にこやかにピースした写真。
僕は未だにその現実を受け止められず、
泣きもしない。怒りもしない。
ただ…まだ、日常の中にいた。
学校に行っても、家に帰っても、布団に入っても。
何か、足りない。
まるで、僕だけが世界に、時間に、
取り残されてしまったみたいだ。
そんなある日。
学校にももう行かなくなったある日。
霊感のある友人が家を訪ねてきた。
その友人はただ一言。
「お前…いい加減、成仏しろよ。見てて気の毒だ」
あぁ…そうか。そうだったな。
いなくなったのは、僕の方だったのか。
本当に、それは突然の別れだった。
運命の人に出会った。
胸が熱くなり、呼吸が苦しくなる。
こんなところにいたのか…僕の、運命の人は。
しっかり着飾って、声をかける。
いい関係を築いていき、結婚にまでこぎつけた。
結婚式当日。
彼女はヴェールに身を包み、
僕はスーツを…着なかった。
黒いパーカー、フードを深く被って。
ピストルを取り出して。
君のハートを撃ち抜いた。
君も、僕の家族のハートを奪ったんだ。
奪われたって文句ないよね?
どうしたの?こんな真夜中に電話してきて。
いや、今大丈夫って…何時だと思ってる?そう思うぐらいならかけてこないでほしかったなぁ。
ごめんごめん、すねないで!
うん…え?僕が別の人のことを好きになる夢を見たって?それでわざわざかけてきたの?
う〜ん…愛されてるのは嬉しいけど、信用されてないのはちょっと悲しいな。僕は君のこと信用してるのに。
…で、もし本当にそうだったらどうするの?
怒る?泣く?それとも…よろこぶ?
え、なに?気づいてないとでも思った?
とっくに気づいてるよ、君が浮気してることなんて。
僕に好きな人がいれば別れを切り出しやすいからとかそんな自分に都合の良い理由でそんなこと聞いてこないでほしいな。別れたいなら、誠心誠意謝らないと。
ま、謝られても別れないけど。
え?もうLINEブロックしたからこれが最後の通話?
ふふっ、バカだなぁ。住所特定してるからそんなことしても意味ないよ。
通報する?すればいいさ。逮捕されても、処刑されても、何年経っても生まれ変わっても、君に会いに行くからさ。
あ、着いた。じゃ、切るね。
え?どこに着いたかって?
君の家だよ。これからゆっくり「話」をしよう。
ふふっ、君は本当にバカだなぁ。
僕に別れ話を切り出すなんて。
どうなったって知らないよ?
愛があればなんでもできる?
あれ、今日は君の「死にたい」っていうLINEを見て慰めに来たんだけど。いつの間に愛について語る会になったんだい?
まぁ…生憎僕は共感できないね、その考え。
平和ボケの極みというかなんというか。
ははっ、そんなに睨まないでくれよ。
別に愛の力を否定してるわけじゃない。
むしろ君より信じているつもりだよ。
その、愛の力ってやつをさ。
じゃあなぜそんなことを言うのかって?
ニュアンスが違うんだよ。
愛があればなんでも「できる」じゃない。
愛があればなんでも「してあげられる」なんだよ。
僕にとってはね。
どういうことかって?
それは…今から教えてあげるよ。
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「…次のニュースです。昨晩未明、東京都新宿区にて 殺人事件が起こりました。検察によりますと、容疑者の桜井裕人氏は『彼女を救ってあげたかった』と、容疑を認めているとのことです。また、容疑者には余罪がある可能性が高いとみて、捜査を続けているとのことです」