「なぁ、この人。仲良いのか?」
セイヤはスマホの画面を僕に向ける。画面には、僕と男友達が肩を組んだ写真がインスタグラムのストーリーで投稿されていた。このストーリーをあげたアカウントも、写真に映る友達があげたものだ。
「うん、中学の友達。知らないっけ?」
セイヤのスマホの画面から視線をあげセイヤの顔を見る。
「初めて見た」
「あれ?そうだったっけ。セイヤってインスタとかみるんだね」
「たまに」
何気ない会話をして僕はまた、背もたれに寄りかかり、手に持った小説に視線を落とす。2、3行読み進めたところでまたセイヤが口を開く。
「距離近くないか」
いつものセイヤらしくない、力のない暗く沈んだような声色に少し動揺した。顔を上げて、セイヤの横顔を見つめる。一方のセイヤは視線をスマホに落としたまま、こちらと目を合わせようとは全くしない。
「そう?普通だと思うけど…」
スマホを覗き込み、二人の写真を凝視する。
「そうなのか」
セイヤは男友達のストーリーが流れてしまわないように、親指で画面を押さえている。変わらず画面をじっと見つめている。
「そんなに気になる?」
僕は苦笑しながらセイヤに問いかける。
「…」
セイヤはまだ無言のままだ。口を開くが、声は出さない。眉を顰めながら自分の気持ちをどう言うか、言葉を選んでいるようだ。
「やきもち?」
意を決して僕は今までの状況から唯一導き出された答えを口にする。
セイヤは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの感情が読み取れない無表情に戻ってしまった。
僕は自分で言ってしまったことが恥ずかしくなった。みるみるうちに頬の辺りが熱を持ち始める。
「ごめん、違うよね」
初めの『ご』が裏返って、変な声が出てしまった。もう気にしないようにしよう、と手に持った小説に視線を戻す。文章をちゃんと読んでいるはずなのに内容が全く頭に入ってこない。
2人の間に気まずい沈黙が流れる。
「違わない」
「え」
沈黙を破ったセイヤの言葉に思わず声が出た。自分でも情けない声だったと思う。セイヤの方を向くとセイヤも僕のことをじっと見ていた。一瞬目があったが、反射で僕の方から逸らしてしまった。
セイヤが僕の腕を掴む。腕を掴まれて改めてまじまじとセイヤの顔を見ると、セイヤも頬と耳が赤くなっていた。
「ふふ」
顔を赤くしたセイヤが可愛くてつい笑ってしまった。
「なんで笑うんだ」
セイヤは眉間に皺を寄せる。
「セイヤが妬くなんて珍しいし、可愛いなって」
手に持っていた小説を机に置く。セイヤは目を瞑り、どんどんと顔が赤くなる。
「…ばかにしてるな?」
「してないよ」
セイヤの頭をわしゃわしゃと撫でる。セイヤはいつもは止めるくせに、今日は止めなかった。
「俺が妬くの、べつに珍しくない」
「え?」
「いつも言わないだけだ」
セイヤは腕を引っ張り僕を抱き寄せる。顔がセイヤの胸にあたる。どくんどくんと脈打っていた。
「いきなりどうしたの?」
「今は顔を見られたくない」
服の上からでもセイヤの体が熱い。顔を真っ赤にしたセイヤが目に浮かぶ。
「そもそもあんたは俺以外の人間との距離感が近すぎる。もう少し俺に気を使え。それに前も─」
セイヤは栓が抜け溢れ出す液体のように、今まで不平不満の気持ち諸々を語っている。
こんな長々と語られるのなら次からはちゃんと気をつけようと思った。
──溢れる気持ち
「キスだけならいいよ」
月と星の光のみが差し込む薄暗い部屋には、生温い空気と乱れた二人の呼吸がのみが鳴り渡る。
軽いキスを何度か交わした後、どちらからともなく、口を開け舌を差し込む。
セイヤは僕の腰に腕を回し、もう片方の腕で後頭部を押さえている。その一方で僕は、行き場のない手をセイヤの胸に置き、心臓の鼓動を感じていた。
セイヤは理性を保ちきれず、欲望のまま舌を絡める。
不本意に口から声が漏れる。唾液が口から溢れ、顎を伝う。ふとデジタル時計が目に入る。時刻は23時45分。もう少しで日付が変わる。
甘い雰囲気からハッと目を覚ました僕は、口を閉じて舌の侵入を防いだ。
「…どうした」
セイヤはきょとんとして、潔く顔と顔の距離を離してくれた。
「明日、朝早いからもう寝ないと」
セイヤは眉をハの字にしてしょんぼりとした顔で不満そうに言う。
「今夜はだめなのか?」
いつもこの顔の良さに負けて雰囲気に流されてしまうが今日はそんなことはあってはならない。
「キスだけって言った。もうおしまい。早く寝よ」
言いながら目覚ましをセットして絶対に流されまいと、ベッドに横になり、布団を被る。セイヤも渋々承諾し、僕に続いて布団に入った。唇にはまだ、先程のうっとりとしてしまう柔らかい感覚が微かに残っていた。
「今日は珍しく流されてくれないんだな」
囁くような小さな声。
「本当に大事な用だから」
気が変わってしまう前に目をぎゅっと閉じ、いつものように流されぬよう、セイヤに背中を向けた。セイヤは僕の腹に腕を回すと、ぐっと引き寄せた。背中が密着し、体温とセイヤにしては早めな鼓動が伝わる。太ももの付け根あたりに何か硬い"モノ"があたる。わざと押し当ててるようにも感じる。
「…明日はちゃんと、最後まで責任とってもらうからな」
頬は熱を帯び、下唇を噛んだ。心臓がドキンドキンと脈打っている。うなじにキスをされた後、腹に巻き付いた腕を離すことなくセイヤは眠る準備を始めた。しばらくすると首の後ろですー、すー、と呑気な寝息が聞こえてきた。僕も明日に備えてもう寝よう。
──Kiss
今日は二人で星を見にきている。少し肌寒い、高い山。ここには月より明るい光はなく、星と月明かりが俺たちを照らす。空には豪華な星々が大袈裟に光る。神様が輝く星々の入った瓶を夜空に大胆にこぼしてしまったように見える。冷えた夜風が頬を優しく撫でる。
「綺麗だね。セイヤ」
春の陽のような、冷たい今の空気に似合わない温かく柔らかい声。
「うん、綺麗だ」
言葉は白い息となってひんやりとした空気に溶けていく。
「僕らって変なのかな」
突拍子のない言葉に呆気にとられる。
「どうしてそんなこと思うんだ?」
俺がチハヤの方を見ていると、チハヤも星空から視線を外し、俺の目を見る。星々に照らされる。明灰色の瞳には満点の星空が反射している。
「外で堂々と手を繋げないんだ。周りと違うことが怖くて」
今にも泣き出しそうな震えを帯びた潤んだ声。
「今繋げばいい」
俺はそう言ってチハヤの、凍えた細く関節が赤くなった手に手を重ねた。チハヤの目線が一瞬手に落ちる。恥ずかしそうに目をぱちぱちさせる。
「ここには俺とチハヤ。二人しかいない」
チハヤは耳を赤くして恥ずかしそうに顔を伏せると、俺の指の間に自分の指を滑り込ませ、手を絡める。相変わらずチハヤの手は冷たいが、どこか温かい。
「…ずるいよ」
赤みを帯びた顔で眉間に皺を寄せ恥ずかしそうに、むすっとし、下唇を噛む。俺はそんなチハヤをうっとりとした目で見つめていた。
「セイヤは急にいなくなるから、不安だよ。いつか本当にいなくなっちゃいそう」
チハヤの手にぎゅっと力が入る。先ほどとは打って変わり表情が深く沈んだ。
空いた手をチハヤの腰に回し強引に引き寄せる。目を瞑り軽く唇を押し当てるとチハヤの体がびくっと跳ねた。瞑っていた目を開け、唇を離した。
「俺はいなくなったりしない。ずっと、チハヤと一緒にいる」
チハヤは目を丸くして瞬く間に火が出るほど頬を赤く輝かせる。腰に回した腕にまでチハヤの激しいどくどくと鼓動が伝わる。
「…う、な、なんでそんな余裕そうなの」
チハヤは狼狽え、絡めた手を引こうとした。俺はチハヤの手首を掴む。
「離れるな」
チハヤの手首を掴んだまま自分の胸に押し当てる。
「余裕なんて、はなからない」
心臓の脈打つ音が腕を伝いチハヤに届く。
熱っぽい空気が2人の間に充満する。
「ずっと、一緒にいてくれるの?」
チハヤは不安そうな声でおそるおそる尋ねる。
「当たり前だろ。1000年先も、一緒にいる。一緒にいてくれ」
「約束ね」
そう言って互いに小指を絡め、1000年後にも同じ星を同じ人と見れることを願った。
満点の星空は変わることなく2人を心地よい光で照らしていた。星々の下、もう1度唇を合わせた。
──1000年先も一緒にいたい