──また明日、じゃないけれど。
いつもの図書館、いつもの放課後、いつもと同じ座席。卒業間近と言うことで任意提出の課題をこなしながら、自分たちだけがいつもと違う。
「もうすぐ、また明日って言えなくなるんだねえ」
「そうだな」
目の前の席で黙々と手を動かす友人から返って来るのは愛想のない返事。とはいえ、怒っているわけでも話に興味がないわけでもないのは知っている。
「……ちょっと寂しいかも」
「珍しいな」
ふと友人が手を止めた。水色の眼と視線が交わる。
「そう?」
「ああ。普段のお前は負の感情を口に出そうとしないだろう」
「そりゃ、本当になったら困るから」
「前に言っていた東洋の思想か」
「ん、コトダマ、ってやつ」
母の部屋の本棚にあった、珍しい東洋の思想書。あれを読んでから、どうにもネガティブな言葉を吐くのが怖くなった……というのは建前みたいなものだけれど。単に本音を言うのが苦手なんじゃないか、と他の友人に言われたことがある。
「生涯の別れというわけでもあるまい」
「寂しいものは寂しい。寮生活って特殊だよね」
「大勢の他人が共同生活を送る場だからな」
寮部屋の片付けも少しずつ進んでいて、自室は生活感がなくなってきた。就職先である魔法省の職員寮には、すでにいくつかの荷物が届いているはずだ。
「楽しかったね」
「トラブルの方が多かったように思うが」
「過ぎちゃえば良い思い出だよ」
波乱万丈だった学園生活の記録、つまりアルバムの作成もとうに済んだらしい。あとは本当に卒業式を迎えるだけだ。
「あーさみしー」
「しつこいぞ」
「だって、就職したら簡単には会えなくなるでしょ」
呆れたような視線が投げられて、小さく頬を膨らませる。今度はため息を吐かれた。
「寂しくなる前に連絡を寄越せ。いつでも会ってやる」
「やだかっこいい」
「煩い」
「はあい」
頬を萎ませて、課題に目を落とす姿をじっと見つめる。
「なんだ」
「ううん。卒業後に会うのが楽しみだなあって」
「気の早いことだ」
「あはは、君と友達で良かったよ」
「今更だ」
「たしかに!」
これからもよろしくね、親友。
(また会いましょう)
仲良しな二人です。
11/14 加筆しました。
☀️ #60 スリル .
──ドキドキどころの話じゃない。
例えば、頭上に水が降ってくる。
「うっわ冷てえ! なんだ!?」
「魔力が乱れた。悪い」
「いや、いいけど……あー、タオル持ってねえ?」
「これで良いか」
で、そのタオルがとんでもない。
「さんきゅ。ってこれ有名ブランドの非売品じゃ」
「実家にあったのを持ってきただけだ。タオルなんだから使わなければ意味がない」
「そうだけどさあ」
そんでもって一緒に勉強してる時にぼーっとしていると氷塊が飛ぶ。
「なあ、今のそこそこの大きさだったよな!? 当たったら流血沙汰だよな!?」
「安心しろ、雪のような柔らかさのものを固めた危険性の低い氷だ」
「固めてたら意味ねえだろ……!」
おまけに怒るとガチで室温が下がる。
「寒い寒い寒い」
「む」
「落ち着け? な?」
「……」
「……凍るかと思ったわ」
「済まない」
挙げ句の果てに、
「ねむ、い」
「なんで俺に寄りかかるんだよ……!」
「んん……おちつくからだが」
「心臓に悪いからやめてくれ」
「だめか……?」
「ああああそんな顔されて断れるわけねえだろうが」
「なら、いい」
ああ、もう!
本っ当にお前といるとスリルしかない!
──俺の妖精さん。
起きたら同居人に七色に輝く羽が生えていた。
「あー、まあこうなるよね」
「なんで納得してるの!?」
「わっ、うるさい」
どうも混乱しているのは自分だけみたいで、いつものように銀髪を三つ編みにしながらこちらを見てくる。羽、生えてるよね? 俺の見間違いじゃないよね?
「これね、昨日作った魔法薬の効果。飲んだ人にランダムでいろんな生き物の羽が生えるジョークグッズみたいなやつ」
「なんでそんなものを作ったんだい」
「その場のノリって大事だよね」
「威張るんじゃないよ」
くすくす笑うたびに羽が揺れて、きらきらと鱗粉が舞う。きれいだけれど、なんだかなあ。
「体に害はないんだろうね?」
「先輩と共同開発した安心安全な遊び道具だから、問題無し。一日で元に戻るよ」
「それ、触れるの?」
「触れるけど感覚は無いよ。飛べもしないし」
「ふうん」
後日加筆します。
(飛べない翼)
──月だけが見ていた?
窓の近くのソファで本を開いていると、よく虫の鳴く声がする。秋の夜は、それに耳を澄ませながら文字を追うのが気に入りだ。
「秋といえばススキだよなあ」
「……すすき」
風呂上がりの濡れたままの髪で同居人が隣に座った。耳慣れない言葉だ。すすき。箒の仲間か何かだろうか。
「見たことねえ? わさわさした茶色っぽい草」
「わさわさ……」
「ふわふわもしてる」
「ふわふわ……」
聞けば聞くほどよくわからない。草なのか、それは。
「月見で団子食いながらさ、隣に置いとくの」
「その草も食べるのか」
「食わねえけど!?」
なんのために飾るんだ。
後日加筆します。
(ススキ)
──生まれて初めて空を見たような。
婚約指輪が欲しいと先に言ったのは、意外にも向こうからだった。いつ言い出そうかと悩んでいた矢先のことで、ぽかんとしていたら水が降ってきたのを良く覚えている。婚約者に冷水ぶっかける奴いるか? しかも室内とは言え暖かくはない季節に。
まあ、当時の一悶着は置いといて。
貴族として、結婚する予定だということを早めに示しておきたいというのが、向こうが言い出してきた理由らしかった。釣り書きが来るのが鬱陶しいと愚痴られたら指輪を作らない手はない。
あいつの実家御用達のジュエリーショップで、材質から職人に至るまで協議を重ねて(ほとんど見てるだけだった)店側とあいつの口からぽんぽん飛び出す金額に恐れ慄いて(貴族の体面を保つためだと説得された)どうにか形になったのが今の指輪だ。
後日加筆します。
(脳裏)