柳絮

Open App
8/2/2023, 9:14:05 AM

明日、もし晴れたら


『洗濯して干しておいて』
妻からのメッセージには絵文字も記号もない。業務連絡ですと言わんばかりだ。
ある日を境に妻が帰ってこなくなった。その後はこのような指令メッセージがくるだけ。どこにいるのか、いつ帰るのかと聞いても無視。
離婚、の文字が脳裏を過る。
ピンポーン。とチャイムが鳴った。玄関を開けると、どデカい荷物が次々と運ばれてくる。
「何ですかこれ」
「ベビーベッドだよ」
妻が苦笑いで立っていた。説明をくれ。

7/31/2023, 1:34:38 PM

嵐が来ようとも


「ハッ、ハッ、ハッ」
剣を振る。
「フゥ、フゥ、フゥ」
毎日、剣を振る。
「ヤァ! ヤァ! ヤァ!」
晴れの日も、雨の日も、風の日も、雪の日も、剣を振る。
「てい! てい! てい!」
肉刺が潰れても、剣が折れても、血反吐を吐いても、剣を振る。
シュッ、シュッ、シュッ。
剣を振る。振る振る振る振る振る振る振る振る、剣を振る。
ザンッ、ザンッ、ザンッ。
剣を振る。そして至る。一つの境地に。
「フーゥ……はああああ!!!」
山が割れた。




澄んだ瞳


「みーくんはだれのおよめさんになるの?」
「は?」
従姉妹のセリフに、思わず真顔になった。
「なっちゃんはねー、かいくんと、ゆまくんと、さっちゃんのおよめさんになるの!」
「待て待て待て」
重婚の上にお隣のさなえちゃんは女の子だ。ついでに言うと俺は男だ。
そう説明しても、奈々は不思議そうな顔をするだけだった。
「なんで? みーくんはおよめさんなれないの? すきなひととけっこんしないの?」
核心を、つかれた気がした。





だから、一人でいたい。


「うける」「マジありえない」「それかわいいね」「今の人イケてない?」
人の輪の中にいるのが辛かった。空気を読むとか、和を乱さないとか、気ばっかり遣って、苦しくて。思ってもないことを言って、面白くもないのに笑って、しんどくて。
もうダメだって、壊れそうだったから、限界だったから、逃げた。友達なんかいらなかった。
でも、一人は寂しくて。
だから手を差し伸べてくれる人を待ってた。
「しょーちゃん」
貴方を待ってた。

7/28/2023, 3:51:25 PM

神様が舞い降りてきて、こう言った。


「ちょっと金貸してくんない?」
「は?」
白い布を体に巻き付けて、葉っぱの冠を被って、後光で眩しくて直視できないそれは、誰がどう見ても神様なのに、発言が完全にチンピラだった。
「いや喉乾いちゃって」
「はあ」
「100円でいいからさ」
「100円じゃ自販機では買えないですけど」
「いいのいいの。コインで地面ぶち抜いて水湧かせるから」
「200円あげるんで自販機使ってもらっていいですか」
「え、いいの? 炭酸飲みたい」




お祭り


お囃子の音が近づいてくる。神輿、山車、掛け声をあげる男達、子どものはしゃぎ声、女達の鮮やかな浴衣、見物人の波。照りつける陽も、今日ばかりは人々の熱気に負け気味だ。
屋台からは醤油の焼ける匂い、かすてらの甘い香り。射的の間抜けた音と、涼しげな金魚の泳ぐ様。
ああ、やっとこの時期が来た。
神輿の上から、社から、楽しむ人々を見て回る。顔を隠さなくなったのも良い。笑顔がよく見える。
人々の病の快癒を寿いだ。

7/26/2023, 12:39:16 PM

鳥かご


「なあ、どこにも行かないでくれよ」
行かないよ。
「他のやつなんて見ないでくれ」
見てないよ。
「わかってるんだ、縛り付けるなんて間違ってる。でも耐えられないんだ」
大丈夫だよ。泣かないで。
彼を責め立てる無関係な人達を眺める。
困っちゃうなぁ。
他人が余計な口を挟まないでほしい。私はこの鳥籠を愛しているのに。私を閉じ込める彼が、愛おしくて仕方ないのに。
これが私の求める愛で、幸せ。
彼ももっと狂えればいいのにね。




誰かのためになるならば


「オレは何だってできる!」
敵の攻撃を振り払う。背後には片思い中のミカちゃんと、ミカちゃんとデート中のイケメン。ここは一歩も引けない。できれば格好もつけたい。
だってオレはヒーローだから。
再び迫ってきた敵の攻撃を、避けずに全てこの身に受ける。
「危ない!」
ミカちゃんの声。敵の大技が迫る。
「はあああ!」
それを気合いで受け切り、隙をついて必殺技を繰り出した。
こうして平和は保たれた。が、失恋は免れなかった。

7/25/2023, 3:25:11 PM

花咲いて


現れ出たる妖精か。
「いや、何でだよ」
花壇の一番大きな蕾が綻んだと思ったら、中から妖精っぽいのが出てきた。
「ふわわわわ……うーん、よく寝たぁ」
「うわっしゃべった」
「うるさいなぁ。何この人間」
「それはこっちの台詞なんだけど」
「……えっ人間!? 見えてる? 聞こえてるの!?」
「さては寝ぼけてたな」
「何でアンタそんなに冷静なの!?」
一周回って落ち着いてきた。
「妖精って何食べるんだろ」
「飼おうとすんなぁ!」





友情


「そんなの信じて、バッカみたい」
嘲る台詞に反して、その子の瞳は揺れている。
「気味悪いのよ。へらへら笑って」
拳は雑巾を固く握り締めて震えている。
「お節介するからこうなるの。自業自得なんだから」
罵詈雑言だらけの机から顔を逸らす。自分は悪くないと言い聞かせるように。
「だから2度と近づかな、」
「ありがとう」
「は?」
「でも大丈夫だよ。私、麗が好きだもん」
「はあ!?」
「2人だから大丈夫! 私も雑巾持ってくるね」

Next