愛する、それ故に
それ故に、周りが見えなくなっていた。
今思うと、わたしは大分おかしくなっていたようだ。
数十年来の友の言うことすらも無視し、
まだ付き合いも未熟な男に泥酔し、言いなりになっていた。
だが、愛というものは熱しやすく、過ぎ去りやすい。
今ではもう、いっときの過ちとしか思えない。
静寂の中心で思いを叫んだ。
風に溶けるように消えていったけれど、
ほんの少しだけこの世界に反発が出来たようで、
ほんの少し、嬉しくなってしまった。
指折り数えるだけの日々の中で
ほんの少しでもいいから、変化を求めてしまう。
誰か
誰か!
と、叫んでみたが辺りは何ら変わりなく、漆黒の中に朧気な明かりを灯している。
私が誰でもない誰かを呼んだとて、誰も私を認識しない。
隣に住んでいる隣人すらもどんな人だったか忘れてしまった。
名も知らない誰かは私のすぐ側に居て、何も言わずにただ潜んでいる。
その誰かもまた、私を知りはしない。
遠い足音
近く、遠い、ずっと遠い。
そのはずだったけど、いつの間にか私の側にいて、
すぐに消えてしまった。
追いかけたかった思いをグッと押し殺して、
貴方の背中が小さくなるまで、見つめていた。
秋の訪れ
今年の森は木の実の匂いが薄く、
土の中で眠る虫たちも例年より早く静かになった気がする。
こう、森から食糧が少なくなってしまうと、こちらも生きていくにはしんどくなってしまう。
秋が来たら、私は眠る準備を始める。
例年では鈴なりに実った木の実を胃に詰めたが、
今年は様々な場所からかき集め、ギリギリ足りるかどうかだ。
昨夜、私の縄張りの中で人間の足跡らしきものを発見した。
私のすぐそばにも人間が迫ってきていると思うと、全身がこわばって仕方がなかった。
私はこの冬、きちんと眠れるだろうか。
眠る前に私を何かが見つけてしまうのではないか、そんな思いが頭から離れなかった。
それでも私は、食糧を探し続ける。
森が昔と大きく変わってしまっても、私は生きていくために歩み続けるしかないのだ。
今日、眠る前に口に含んだ木の実が、
いつも以上に苦く感じた。
(熊視点で書いた物語です。)