『ところにより雨』
私の友人には雪女がいる。
彼女はとっても綺麗だが表情が氷のように無表情だ。
おまけに纏う雰囲気も凍て付いて、周りを寄せ付けない。
近づけばマイナス100℃の空気によって手も脚も微動だにすることはできないのだ。
そんな彼女の前に今、実に疎ましい男がいる。
彼女にとって唯一の友人である私とともに都会に来た際、声をかけた茶髪ピアス。チャラチャラした見た目の彼はこちらには振り向くこともせず隣の雪女に声をかけた。
無論、雪女は気にすることもなく恐ろしいほどの無表情で相手を見据えていた。それでもなお挫けずアタックする茶髪ピアス。彼女は限界を迎えていた。
いい加減退いてください、そう自分が言いかけた瞬間、彼女の身体から鋭い冷気が噴する。それをまともに食らった彼は一瞬理解の及ばないことに瞳をぱちくりと瞬いた後、急ににかっと笑い出す。
「俺ちょうど暑いと思ってたんでありがたいっす!」
冷房の故障なんじゃなんだと宣う彼。
そしてその彼を無表情に、否若干頬を染め相手を見る雪女。
それに気づいた私…。
つい先程までの吹雪く雪が一変、雨漏りする。
凍てつく彼女の心をふにゃりと溶かした彼を素直に賛辞を胸の内で唱える。感動的な場面だ、そうなるはずだ。
ただしかし、これだけは言わせてほしい。
雪女、ちょっとちょろすぎやしないかな。
とけたこころはあまい雨となって二人に降り注いだ。
『特別な存在』
愛別離苦を繰り返し、その中で君に出逢ったの。
僕らは友人同士の紹介からがきっかけで、
はじめましては君の方から。
少し照れたようにはにかむ君はどうかよろしくと右手を出し口許を緩めた。僕にとってそれは親愛にもまさる情が芽生えた瞬間だった。
そこからふたりで頻繁に逢ったりして言葉をやりとりして
気がつけば一緒にいる時間も回数も、考えてる時間もみんな、君が1番になった。
君が好きだった。
でも好きだなんて言ったって君は困ってしまうから、言わないままでいいと思ったの。墓まで持っていってしまおうと。
でもごめんね、そんな決心は固くなかった。
弱冠18にして癌が見つかった。
しかも既に身体中に転移しており延命は不可能に近いと言う。不思議としぬことがこわくなかった。ただ君に、逢えなくなることだけが心残りだった。
こんな時でも僕は相変わらず君のことが好きで、あんまりにも君が心配そうに僕の顔を覗き込むからキスをしてしまいたくなる。優しく手を握ってくれた君の手を縋るように握り返してしまいそうになる。
そんな顔を見ていたら、なんだか伝えたくなって、逸る胸を抑えゆっくり体を起こしてもらうと少し真面目な顔をして向き直る。優しく微笑みながら。
「君がすきなんだ」
ああ言ってしまった、いってしまった。
でもなんだかスッキリしてしまったんだ。
君のことを考えなくてごめん、自分の気持ちを楽にすることを優先してごめんね。
それでも君のことを特別な存在だと思ってる。
あいしてる。
驚きに見開かれた瞳には、大粒の真珠。
『バカみたい』
あいしてる。
なんて軽々しく言葉にできないくらいに好きなの。
あの温かい陽気とは裏腹な心に押し潰されて苦しくて苦しくて堪らないわたしを、そっと手を引きやさしいところへ導いてくれた。その日からわたし、あなたのことが忘れられないの。陽に照らされて木漏れ日ののどけさのような濡羽色、
ゆるく春風に揺蕩うカーディガンのぬくもりもたつ匂いも、爽やかな皐月雨のごときすっきりとした目鼻立ちも。
ぜんぶぜんぶ、だいすきなの。
「大丈夫?立てる?」
なんて、やさしいこえをかけてくれるのなんてあなただけ。
わたし、うれしくてうれしくて苦しいのも忘れてあなたとのつながりを求めた。あのときのわたしはよくやったと思う。あなたを愛してしまったの。
お礼をしたくって、あなたの連絡先を手に入れた。
あなたの交友関係をしりたくって、学校を特定した。
あなたのことをしりたくって、あなたのいえに行った。
あなたのことだけ考えてたの、そしたらそれだけでやさしくなれる気がしたの。
あなたのおかげなの。
あなたにおはようって言いたくて、何時間も家の前で待ってたよ。連絡だってたくさんしたよ。あなたの連絡先から近くの女性を知って、その子を知るために陽光の中歩くことができたんだ。
でも、あなたは褒めてくれなかった。
好きにはなってくれなかった。
辛い、つらいよ好きになってよ。両想い一生離さない。
あの女が憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
むなしい。ねえ、どうして連絡してくれないの?
あいしてくれないの?
わたしのせい??なんで?わかんないよ。
それでも世界は廻るの。
私が居ないと生きていけない、そんな人は現れてもくれない
『夢が醒める前に』
久々に会うおまえと、あの公園でキャッチボールをしたい。あの頃のように。
懐かしい景色とその一部のおまえとおれが童心に還りたわいない戯言を宣いながら、おつかれなんて言い合いながら。
小学校から中学まで同じで、高校は別々だったから一緒の時間は確実に減ったけれど、たまに会って飯を食って笑ったな。
高校三年の夏、喧嘩した。
しょうもない馬鹿げた口喧嘩から口を聞かなくなった。
昔はお互い若くて、青かったから無駄に意固地になって終ぞ謝ることなどしなかったな。
それからおれは県外の大学にいった。
あれから四年経ち、社会人になった。
ふらりと懐かしいこの場所に立ち寄ってみれば夕が差しグラウンドが焼けたように美しい。誰として居ない此処には遙か上空に海色の鳶が一羽。
遠く飛翔する、落ちる陽に向かって。
それは煌いてとっても眩しかった。
目が醒めるその時まで、
おまえが生きていたあの夢にまだ浸らせてくれ。
『胸が高鳴る』
とくとく。
みているだけで鳴る音。
どきどき。
あなたに急接近すると鳴る音。
ときんときん。
苦しくて張り裂けそうなほどに愛しい音。
恋するきもちって騒々しい。