今日は自分語り。
二十歳になった時、私は自分を許せずにいた。
「これで大人?世間知らずのこのガキが?」
大人だと自信をもって言える部分がひとつもない。
そんな自分が許せなかった。
その思いは制度にまで及んだ。
「20歳になったら自動的に成人とはどういうことだ。こんな自分が成人だなんて絶対!認めない!」
成人式を迎えるその年、私は成人式に出なかった。地元には帰ったよ。成人式後の同窓会にも出席した。でも、成人式には出なかった。
成人だなんて、大人だなんて、誰よりも自分が一番、自分を認められなかった。
親は悲しんでたなぁ。
「せっかくの成人式なのに…」
私は答えた。
「自動的に成人だなんて認めない。
まだ成人と言えるほどの人間になってない。」
親は「そぉかあ…」と諦めた。
信念をもって決めたことは、なかなか譲らないことを知っていた。
結局私が自分を成人と認めたのは、その2年後。
大学の卒業式の時だった。
晴れ着を着て写った写真には自信たっぷりの笑み。
親も2年越しの晴れ着姿に喜んだ。
ひとつ残念なのは、その写真が人生で一番太っていた時に撮られたものだということだろうか。
ま、それもよかろう。
みわくてきな ひかりをはなつ
かげをかかえた そのからだ
づいぶんながく じくうをこえて
きれながすがたで みりょうする
微かな記憶。
子どもの頃、私を取り巻く世界はとても色鮮やかだった。
視覚のはなし?
ちがう。においの話。
視界に広がる色なんて、当たり前の存在すぎて気にもとめていなかった。
私が夢中になっていたのは、鼻から得た情報から感じる色の世界。
たまにしか感じないが、それはとても色とりどりで、大人には理解してもらえない、鮮やかな世界だった。
外の世界、様々な香りが順番に鼻をくすぐる。
「あ、赤っぽい。これは橙。急に水色がきた!」
それらの色が細い線のように幾重にも重なり、鼻の中で絡んでいく。
とてもおもしろい世界だった。
色を追って、鼻を集中させる。
においのひとつひとつを辿っていく感覚だ。
目には見えない色を追って、私の視界は色とりどりに変化した。
この感覚、常人にはわかるまい。
大雑把ににおいを捉えるようになった今、私にも分からなくなってしまった。
『色とりどり』そんなテーマで思い出した、かすかに残る、私の幼少期の記憶である。