佐々宝砂

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12/8/2025, 12:10:12 PM

雪原の先へ

ああ、やっぱりこんな状況では夢野久作の「氷の涯」を思い出してしまうね。濡れ衣を着せられた「氷の涯」の主人公には、ニーナという可愛い相棒がいたけど、あたしには…そうだね、君がいるね。抱きしめたらあったかいかな。うん。意外とあったかい。ロボットには体温があるんだよなあ。バッテリーは熱を持つものだもんね。あたしの状況は君もわかってるよね。君の体温もあたしにはありがたい。アルギュレ・ドームから追放されたあたしたちは雪原をバギーで走ってゆく。テラフォーミングが進んでいるとはいえ火星はまだまだ極寒の地だ。ヘラス平原のドーム都市までたどり着ければ生きていられるかもしれないけど、あまり期待は持てない。抱きしめればそれなりに暖かいロボットを背に感じながらあたしは走る。

12/7/2025, 11:23:06 AM

白い吐息

ぽっかり空いたあなたの口から白い吐息。断続的に出てくるその吐息は、僕にとって美しい毒だ。あなたとコミュニケーションがとれたこと自体が本当に奇跡的なことで、僕は何度神に感謝したか知れない。煮えたぎるあなたの体内で蒸発した金属の微粒子が、またあなたの口からこぼれてくる。溶接ヒュームに酷似したその白い吐息を僕は不思議な思いで眺める。あなたと意思疎通ができるとは、宇宙生物学者も想像しなかったのだ。

12/6/2025, 11:02:46 AM

消えない灯り

床に横たえた黄金の十字架の中央に、十一枚の薔薇の花弁を慎重に並べた。黄金の暁教会の本来の象徴では二十二枚の薔薇の花弁を並べるが、これは私のための儀式である。私の生命数は十一なのだ。蠟燭に火を点け、香を焚き、目を閉じる。今夜こそはアストラル投射に成功するだろうか? 閉ざした眼裏に光り輝く炎、あれこそが私の求める消えない灯りだろうか? 集中していたのに肩を叩かれて私は現実に戻った。

「もう十二月なんだから布団で寝ないと風邪引くぞ」

そうだよね、あなたは私を現実に戻してくれる。あなたは消えない灯りではないけれど、私の大切な灯り。

12/6/2025, 12:11:59 AM

きらめく街並み

夜まだ浅い街並みはきらきらと輝いている。家の壁も、屋根も、地面も、いたるところに、ほんのり緑がかった蛍光色が散らばっている。そのきらめきを美しいと認識する主体はない。人工的な灯りも人通りもない。そんなものはもうない。人はもういない。これほど大量の放射性物質があっては生きている人間などいないだろう。

12/4/2025, 11:29:01 AM

秘密の手紙

中一の息子が何か書いている。何を書いているの?と聞いても秘密の手紙だって言って教えてくれない。スマホを持たせてあるから、友達に連絡するならスマホを使うと思うのだけど。息子が言うには、大事なことなんだよお母さん、ウェブを信用しちゃいけないよ、紙の手紙が確実なんだ、ってうちの息子はどうしちゃったのか。今夜は頭にアルミ箔巻いて寝てた。

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