冬の足音
直(じき)に初雪であろうが今夜は良く晴れて居る。夜の散歩と洒落こもうと街の通りを歩く。街灯があるので存外暗くない。街を外れて土手を歩くと流石に月明かりだけだ。と、びしゃ、びしゃ、びしゃと、聞き慣れぬ音が背後から聞こゆ。嗚呼、びしゃが附いた。文久生まれの祖母はびしゃに遭ったら逃げるなと云うた。黙って立ってびしゃを気にしない風で遣り過ごせと。びしゃ。びしゃ。音が近附いて来る。
贈り物の中身
さて「贈り物」の中身はどんなのがお好みかい? 心温まるほのぼの系がいいならここの店じゃない、表通りの明るくライトアップされたクリスマスツリーが見えるお店におゆき。猫の死骸や残飯は扱ってないよ。そんなもんなら自分でやりゃタダだろ。猫はタダじゃないって? まあそういうご時世だわね。ババアはついてゆけんよ。で、ここで売ってるものは、ほら、そこにあるのでお選び。相手は男か。高校のときの百点満点五点の答案。中学のとき書いたラブレター。ほらこれ初めて買ったエロ動画。どれも破壊力は小さいけどねえ。おや。生々しいのがひとつあるね。これが「贈り物」の原因か。これにする? おまえの恋人の車で最近録画されたもの。じゃあ包んでやろう。お買い上げありがとうございます。
凍てつく星空
凍てつくっていうほど寒くないんだよなあ、最低気温11度だ。夜空はそれでも冬らしく星が光る、稲垣足穂みたいにトゥインクルな星空と言ってしまうのはもはや恥ずかしいな。じゃあglitteringな空っていうのは? 印象が派手すぎるか。ぼくが生きているあいだはこの星座のかたちが変わることはないのだと思いながら、仲よく並ぶカストルとポルックスを見上げる。あいつらはこれからも長いこと並んでいるだろう。でもベテルギウスは? そうだ、ベテルギウスだけが希望だ。とっとと爆発しろ。凍てつく星空を破壊せよ。
心の深呼吸
深呼吸の必要があるのは確かだ。しかしここで深呼吸する気にはならない。甘ったるくて鼻持ちならない空気のなか、ぼくは鼻をつまんで走り抜ける。ここで立ち止まってはいけない、あいつらに食われてしまう。ある日突然地球に現れた怪物ども、べっとりと赤いルージュ、強すぎる香水、なぜあいつらはあんなに女に似ているのだろう。どこか静かなところで心を落ち着かせて深呼吸したい。深呼吸なんて最後にしたのはいつだろう。
まだ見ぬ景色
VRがすごい世の中になったからな、まだ見ぬ景色は想像力次第だ。こないだは宇治ミルク金時のかき氷の上を身長1cmになって歩いたぜ。あれは面白かった。もちろん誰かが撮影した景色ならだいたい見ることができるし経験できる。存在しない景色だって見られる世の中だからな。でも、だからこそ、俺は願ってやまない。まだ見ぬ景色、誰一人見たことのない、想像したこともない、眠ってみる夢の中で空の向こうにぼんやり霞んだ山のそのまた向こうにあるような、そんな景色を俺は見たいし、見にゆくぞ。