部屋の片隅で
どんなに清掃された部屋の片隅にも埃くらいはある。埃がないとしたら部屋の片隅が存在せず丸くなってる場合か。それだとさすがに埃は溜まりにくいが、そんな部屋は少ない。だからあたしは安心して生きることができる。埃って便利なんだよ。あったかいし。隠れ蓑になるし。人間たちはばかだからあたしたちを見かけてもだいたい虫と見間違う。あたしたちに会いたがる人だって滅多にあたしたちを見分けない。あたしたち部屋の片隅で生きるもの、部屋の埃に眠るもの、虫を友とし人を嘲笑うもの、そう、あたしたちはお隣さんとかあの人たちとか呼ばれていたもの、ずばり言わないとわかんないの? やっぱり人間たちってばかだよね。あたしたちは妖精。あたしたちもときおりばかはやらかす。うっかり人と契約してしまうこともある部屋の片隅のあやかし。
逆さま
さかしまと逆さまの違いはなにか。
もちろんさかしまのほうが不道徳にして厨二病。
ユイスマンスのせいともいえるし、
そうでないとも言える、
だって横向きという意味を持つだけだった
よこしま。いい意味かしら?
もともと横様と書いてよこさまらしいよ。
どうして横向きが邪になったのかしら?
どっかの誰かさんに都合が悪いのさ、
横向くだけで邪扱い、
逆さなだけで不道徳扱い、
いや、さかしまに不道徳なんて意味はない?
ないかもね。いやたぶんあるけどね。
まあ厨二病バイブル『さかしま』は読もうぜ、友よ。
※※※
おまけ。
逆さまで本当にすごいなと思うのは実は村野四郎『体操詩集』の鉄棒(二)。世界が一回転したあとの両肩にある柔軟な雲の美しさよ。私はほんとはああいうサカサマを書いてみたい。
眠れないほど
眠れないほど憂鬱だということはない。
いや鬱病で眠れなかったことはあるけど、
眠れないほどつらいとかじゃないんだ。
単に眠れないんだ。
とりあえずいま眠れないほどかゆい。
病気のせいだし通院してるから、
ちゃんと対策はとる、
錠剤を飲み軟膏を塗りたくる。
抗ヒスタミン剤とステロイド軟膏、
これがないと眠れないし、
あったって眠れないほどアトピーがかゆい。
だからステロイドを悪魔だなんていうな、
わけのわからん民間療法を勧めてくれるな、
わたしはゆっくり眠りたいんだ。
夢と現実
夢と現実? その違いが坊やにはわかると? ひっひっひ。わかるわけないわなあ。そもそも坊や、夢の中で夢と気づいたことがあるかね? 話はそこからだ。夢が夢であると認識できないとしたら、夢と現実を分けて考えることはできていないということだ。なので坊や、まず夢をみてごらん。そしてそれが夢だと気づけなかったら坊やはそこでおしまい、凡人のままだ。
バーチャルリアリティは要らんよ。人は好きなだけ夢を見る能力を持つ。ただし夢は夢と気づいたほうがいいの。夢と気づいたら目の前にある扉を優しくノックしな。まあ夢と気づいた時点で遊んでみるのもよい。
夢の中で夢と気づくとはその夢世界の神となることである。空も飛べる。海はいくらでももぐれる。金鉱山も掘り放題だ。各地の珍味も食い放題に食えるし、実は夢の中でもきちっと味はあるのだと坊やも経験するであろう。おお、それをいうたら男と女のことも夢の中で思う存分に味わえるぞ。
しかし坊や、夢に溺れるな。夢は楽しい。現実を忘れるほど楽しい。でも夢と現実をきちっと分けて考えな。そのとき坊やの前に扉が現れよう。その扉の先でこの婆は待っていよう。私が死んでても問題ない。夢を夢と気づいたとき、坊やの前に現れるもの、それこそが現実だ。さあ目を閉じて、今夜はおやすみ。
さよならは言わないで
おまえバカだな。昔からそう思ってたけどほんとにバカだな。さよならは言わないでって真面目に言ってるのか? 不真面目だったらもちろんそれはそれで俺は怒るが、おまえもそこまでバカじゃないだろ。これが間違いなく別れなのはおまえだって知ってるはずだ。人類初の未来に人を送る事業…これは冷凍睡眠であって俺が未来に目覚める保障もないが、俺がちゃんと未来に送られるとしてももうおまえには二度と会えないだろう。それでも冷凍睡眠槽を閉めるときおまえはさよならは言わないでと言って微笑んだ。おまえはどんな思惑があるのか少しは想像できる。おまえはAIの研究者だ。おまえという自我を冷凍睡眠でない方法で保全しようとしていた。それがどこまで可能か。俺は凍り付いたまま待ってみよう、と思いながら俺の思考は途切れてゆく。未来へ続く眠りだと信じている。