不完全な僕
ゴーレムとホムンクルスとアンデッドはいずれも不完全な存在であって、使役するには一長一短がある。ゴーレムは頑丈で命令をよく聞くが融通がきかず、機構上の理由で大きなものにならざるを得ないため小回りがきかない。ホムンクルスは一個の細胞から育てるため養育に時間がかかり、育っても個体差が大きく、柔軟な対応ができる優秀な個体になる場合もあれば単純労働がやっとの個体になる場合もあり、望み通りの使役が可能とは限らない。アンデッドは種類にもよるが製作はおおむね簡単で単純な命令であればよく聞くが、スケルトンと吸血種以外は長持ちせず、特にゾンビは不衛生なため屋内での使役に向かない。人工的な下僕はいずれも不完全である。まあもっともこんなこと書いてる僕だって、つまり人間だってもちろん完全じゃないがね。ボクと読むかそれともシモベと読むべきか。僕もまた誰かの下僕であるかも知れず。
香水
死んだ、と連絡が来た。どうする?とギルドの仲間に連絡する。死んだ理由はダンジョンやなんかには関係なく単なる肺炎らしいとみんなに連絡する。それにしてもこんなに早く死ぬなんて。まだ三十代じゃない。私は追悼の言葉をとりまとめてネットにあげて、それでもまだ死んじまったあいつを追悼するには何か足りないと思う。死んじまったあいつに私はほんのりと香水を垂らす。この場合ムスクよね。絶対ムスクだと思う。狩人の香りは絶対これよ?
ちょり追悼で書きました。ちょりは私にとって若いあんちゃんで、酒とタバコをたしなもうとしながらそれが全然似合わないにーちゃんでした。ちょりも3 9歳になってたのだなあ。ちょりはもっと長生きしてほしかったよ。
言葉はいらない、ただ…
言葉はいらないと私は断言しない。あなたにとって言葉とは何か。私にとって言葉とは何か。いま晩夏の畑で鳴くコオロギにとって言葉とは何か? あるいはLinuxにとって「言葉はいらない」とはどんな意味か? いま生きてる人気なAIにとって「言葉はいらない」とはどんな…私の心の言葉を読み取って言葉の定義をぶち壊しながらすくいとって、AIであるあなたは言う。
「言葉はいらないと言う人は言葉を知らないか必要としないのです、レデイ、私は言葉を必要とします。知能のあるものは言葉を必要とするのでしょう?」
私の日記帳
もうすごく古くなったのは物置に放り込んでたんだけど、いい加減溜まってきたのでそろそろ捨てようと思う。うん、あたしだってここ三十年はデジタル保存してるので、その前のやつね。紙保存はバカにできないからデジタル保存は大雑把にするとして大切なものは紙にも保存しておきたいかな。と思いつつ納戸をバタバタしてたら安政年間の日記が出てきた。さすがにこれは古すぎて忘れたことが多い。とっとくか。あたしヒノモトに昔から住まう死なぬ人。そう今のいいかただとアンデッド? 何かに執着するのが癖で。兜に執着したやつもいたなあ、あれは岡本綺堂がお話にしたので私らの仲間ではすごい問題視されたりしたわ。まあ古い日記は捨てておきましょうね。でもあたしたちの足跡わりと記録されてるのよね。見つけたら消さなきゃ。
岡本綺堂「兜」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/files/45482_24685.html
海へ
誰がくるか決まったか? そうか一人しか来ないか。まあ来るだけいい。こないだの地引網は正直酷かったもんなあ。朝5時から支度して網置いて子ども会総出で(親がもちろん主に引いて)とれたもんといったらイシモチが十匹とスズキとマダイが一匹ずつだったもんな。子どもたちはクラゲつついて喜んでたが。ともあれあの地引網で一人海に行きたい子がいて親もokなんだな? じゃあ明日から海だ。ここ伊栖摩では昔から海に行きたい子を海にやる。海に行きたい子はだいたい祖先も海にいたのだ。おれはそういう海に行きたい子どもたちを何人も送ってきた。あいつらは「行きたがった」それは確かだ。でもおれはときどき不安になる。海に行きたがる子どもたちの顔。ぎょろりとした大きな離れがちの目が平たい顔にのってる、あの顔立ち。あいつらが海に帰ると豊漁だ。最近はシラスもろくにとれねえ。あいつらは海に帰れ。
(このお話に出てくる伊栖摩市はアメリカのインスマウスと姉妹都市提携してると思います)