私だけ
私だけが変わらなかった。他の兄弟姉妹は古い皮を脱ぎ捨てて、きらきらひらひらと美しく光る羽をゆっくりと伸ばしてゆく。私は茶色いみっともないこどもの皮をかぶったままだ。どうしても脱げない。羽を伸ばしきったみんなは空に飛んでいった。私はただ見上げた。それから月が細くなり丸くなりまた細くなり、羽をボロボロにした私の兄弟姉妹たちが次々に落ちてきた。そろそろ秋が来るのだ、土に潜るかと考えていると茶色いこどもの皮をかぶった子が近づいてきた。
「ああよかった。ひとりかと思ってたよ」
「あなたはだあれ?」
「ぼくもきみも秋組だよ。ぼくらはいまから冬を越して春になったら大人になるんだ。知らなかったの?」
知らなかった。それより「私だけ」ではなかったことが嬉しすぎて私はしばらく泣いていた。
遠い日の記憶
いらっしゃい、買いにきたのかね、売りにきたのかねと小柄で毛むくじゃらな狸みたいな店主が言った。売りに来たと俺は答える。間違いないかねと念を押される。もちろん間違いないと言いながら俺は少し考える。俺は辛かったこども時代の記憶を売りに来たので全く間違いはない。狸店主にこども時代の記憶を売りに来た旨伝えると狸店主はやめとけと言った。でも俺はやめる気はない。母も父も俺にひどいことしかしなかった。俺を殴り蹴り食事を抜き罵倒した。だから俺はあいつらを忘れたいのだ。そういうと狸店主は首を振ってわかったといい、俺の首に指をあてた。俺はそれで両親に観する記憶をすべて失った。狸店主にいくら払えばいいのかと聞くとこれは売り物になる記憶だから金はとらんという。しかし、と言いかけたら、狸店主がこれだけは返しといてやると何か俺の首に貼り付けた。そうだ、とても寒い夜、母さんは俺の首になにか暖かいものを…暑い夜もなにか冷たいものを…いや忘れよう。俺に親なんかいないのだ。
空を見上げて心に浮かんだこと
毎日空を見上げる。むしろずっと空を見ている。それが仕事であると彼は語った。私とおしゃべりしながらも彼の目は空のあちこちを観察している。どうして空を見続けているのですか?と尋ねる。空は毎日変わるからだ。あの変化を誰かは見ていてやるべきた。だから私はずっと空を見ているのだと彼は答えて手を上げ空の一点を指差す。ほら今空をみてごらんと言われて見上げた夜空に流れてゆく星がひとつ。私のはじめてのインタビューの仕事「空見職人」インタビューはこうして終わった。
終わりにしよう
This is the way the world ends
Not with a bang but a whimper
(エリオット)
もうおしまいだねえとあなたはからから笑った。あたしも笑った。この状況は最悪だ。最悪すぎてあたしも笑ってしまう。地球はいまや赤く見える。連続して核が爆発したからだ。いつまで赤いのかわからないが、あれで生き延びる人がどれだけいるか。一方、ここ火星にいる人間はもはや彼とあたしだけだ。地球から送られてきた炭疽菌であたしたち以外は死んだ。あたしも彼も体の半分以上が機械だから生き延びただけで、あたしに生殖能力はないから人類は滅びたようなものだ。終わりにしようかと彼が言う。あたしはにっこり笑って彼に電撃を喰らわし意識を刈り取る。あなたは凍りなさい。そして人類の希望となりなさい。あなたには生殖能力が残っているのだから。
手を取り合って
(残酷な描写があります)
目覚めたら今日なんだとわかった。顔を洗って歯を磨いてとっときの服に着替えて外に出る。この集落に住む人たちはもうみんな広場に集まっていて、僕は遅いくらいだった。女の子たちはみんな素敵なアクセサリーをつけて見たこともないくらい素敵にお化粧してる。男の子組は武器を持ってる。僕はうちにあるナタを持ってきただけなのでかなりしょぼい。しょぼいが、今からはじまる祭に僕も参加する。みんなと手を取り合って、肩を組み、元気よく雄叫びやら歌声やらをあげて、僕たちは崖から落ちてゆく。みんな、落ちてゆく。これまで経験したことのない高揚感が背中から這い上がり僕の脳髄を支配する。気持ち良すぎて言葉にできない。僕も落ちる。なんてすばらしい日だろう、今日僕たちはみんな崖から落ちて死ぬのだ。
***
目覚めると僕は崖の下に横たわっていた。まわりの人たちは見るからにもう生きていなかった。首があらぬ方向に曲がっているような人ばかりだ。僕だけが生き延びてしまったのだ。僕は起き上がって自分の身体を点検した。何も傷がない。打ち身も擦り傷もない。なぜ。僕も死んで神のもとに行くはずだったのに。なぜ。慟哭しても僕は死ななかった。飢えても渇いても僕は死ななかった。僕はそういう生き物らしい。僕はそろそろ歩き出そうと思う。僕の村のみんなが死んだ理由と、僕だけが生き残った理由を知るために。