佐々宝砂

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7/1/2024, 10:25:00 AM

窓越しに見えるのは

船の窓は小さいが、そこに見えるのは極彩色の雲だ。こんな雲みたいに見えるとは思わなかった。星虹がこんなものだと予測した科学者はいただろうかと自問して、いたかもしれないなと考え直す。とりあえず小さな窓の向こうは恐ろしいほど美しい。煌びやかな彩雲の向こう、手招きする白い手が…? え? 白い手があんなとこにあるわけないだろ! おい画像解析班! 解析班は外に出ましたって、いま外に出ると死ぬだろ! 何してんだよ! 船長たる俺は宇宙船の小さな窓を見る。小さな白い手が俺を招く。そうだ。俺はあれに答えなくちゃいけない。この狭い船から出てあのさしまねく手の元へ。そうだよね。美しい星虹よ。

6/30/2024, 10:34:37 AM

赤い糸

「小指につながる赤い糸なんて嘘だと思ってるな」
とそいつは言った。
飲み屋で隣にいただけの男だ。
もちろん名前も素性も知らない。

「そりゃ赤い糸なんて都市伝説だろ」
「さあね。とりあえずあんたの赤い糸は西の方角に伸びてるよ」
「え?」

正直驚いた。
付き合い出したばかりの彼女はこの街の西に住んでいる。

「いいよね、みんな普通に西や東や南や北、最悪でも地面の下に伸びてるんだ」
「いや地面の下ってなんだよ」
「ブラジルに運命の人がいたらそうなるでしょ」
「それはまあたしかに。ていうかその他にどこに伸びるんだよ」

そいつはかすかに苦笑した。

「俺の赤い糸は天に向かって伸びてるんだよ」

6/29/2024, 10:40:48 AM

入道雲

真っ青に澄み晴れた空にもくもくと湧き上がる入道雲。
入道雲といえば夏。
麦わら帽子にTシャツの少年が
網と釣竿を背負って自転車で走り抜けてゆく夏。
入道雲の夏。

いや。

ぼくは首を振る。
今日あたりは降るかもしれないな。
少し強い風のなか綿虫が飛ぶ。
入道雲の真下は禍々しく暗い。
あの下はきっと吹雪だ。
ぼくはマフラーを巻き直して白い息を吐く。

今年初めての天からの手紙、
初雪が降ってくるのはもうすぐだろう。

(いつもの書き方を変えて行分けしてみた

6/28/2024, 10:32:11 AM



もうすぐ夏が来るのだという。春のはじめに生まれた私は夏を知らない。というか私の家族で夏を知っているのはおじいちゃんだけだ。夏のはじめに生まれたおじいちゃんはもうすぐ80歳になる。夏がどんなものかおじいちゃんに聞いたけど「懐かしいなあ、また夏が来るのか」と言うばかりでよくわからなかった。でもわかってることもある。四季それぞれが20年の長さを持つこの星で生まれ育った私の春は終わる。私はこれから20年間の夏を過ごす。人生でただいちどの夏だ。素晴らしい夏になりますように。

6/27/2024, 10:31:27 AM

ここではないどこか

ここではないどこか? 今どきボードレールかい、古いな、と言おうとしてて今この店にいる奴らは誰もボードレールを知りそうにないと考える。いや、意外と知ってるのかもしれない。どっちだろう。僕は田舎で賞を取っただけのつまらない詩人だ。全国で知名度がないのはもちろん地元でも知られていない。この店にいる連中が僕の詩を知らないのは間違いない。片手を挙げてウオッカライムを頼む。そして「ここではないどこか」はボードレールの「どこへでもこの世の外へ」ではないということに思い至る。ダメなのは僕だな。誰でも異世界に行く夢を見る世の中なんだ、異世界すらこの世になった。親愛なるボードレールよ、僕はどこに行くことを夢見ようか?

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