好きな本
好きな本を数えられるような人生は送ってねえ。好きな本のタイトルをすべて挙げられるような人生も送ってねえ。おう。俺は知ってるよ、これは自分が記憶してる本を切り札にして戦うゲームだってことをな。それを全部承知したうえで俺は俺のカードを切る。俺が最も愛した本、ルースっていう女の子がアルバイトしながら綴ったドラゴンの物語をあんたは知ってるかな、エルマーが主人公だよ俺が好きなヒーローは未だにあれさ。おやすみ。
あいまいな空
昔、ここの空は紫だった。そのあと黒ずんだ空になった。空が赤かった時期は長い。いま見上げてみる真昼の空はくすんだピンクだ。今日は凪だな。普通の空はオレンジ、砂嵐がひどいと空は赤くなる。夕暮れには青くなる。来年は空の色が変わるかもしれない。緑になるかもしれないし銀色になるかもしれない。まあ緑はないかな。あると楽しいな。私は想像された火星人、ここは人間が空想してきた火星。その空のあいまいなこと!
あじさい
憐れみを集めても
飽きられあしらわれ
愛されない
諦めはあたしに合わない
綾織りの雨を浴びて
あてなく歩こう
嵐のあと
あげひばりは
明るくあらがい
朝は鮮やかに新しく
あなたとあたしのあわいに
憧れは甘く
あした逢えなくても
あじさいは
あでやかな青
(まことにすみません今回のは過去作を載せました
いちおう「あ」で頭韻を踏むポエムです
好き嫌い
筋っぽいなあと思いながら肉と骨をガジガジ齧る。でも贅沢は言わない。好き嫌いも言わない。好き嫌いがないのと好き嫌いを言わないのはまるで違う。あたしにも好き嫌いはあるよ、あるけど言わないの。食屍姫メリフィリアみたいに「食べたくない…」なんて泣かない。食べないと死ぬし。あ、これアンデットジョークなので笑うとこよ、あたし食屍鬼、好き嫌い言わないで死体を食べる。
街
「六月の夜の都会の空、そうそれは素敵ね」とたいして素敵だと思ってない顔で彼女がいう。街の夜空は明るくて星があまり見えないので彼女は街が嫌いだ。そのくせ淋しがりの彼女は夕暮れちょっとすぎにこのバーにやってきてマンハッタンを注文する。ウイスキーに甘味と苦味、ぼくはいつものようにマンハッタンを作り彼女の前に置く。彼女は美の女神、街におりてきたヴィーナス、街の夕空で孤独に輝く金星の化身もたまには酒を飲みに来る。