Una

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6/9/2024, 10:32:55 AM

温かい朝に包まれて目を覚ます。
辺りはまだ薄暗く、朝日だけと目が合う。
鳥たちや虫たちも彼に起こされ動き出す。

私たち生き物は、地球に、太陽に踊らされている。
彼らの動きによって、私たちは動けている。
太陽が昇れば、朝が来たと脳が錯覚を起こし、何かをしなければいけない衝動に駆られる。その衝動を、仕事や学校で埋めつくしている。
逆に、太陽が沈んでしまえば、夜になったと勘違いし、寝なければいけない、と朝日を迎える準備をする。
どんなに会社や学校に行きたくなくても、私たちは太陽の動きに、地球の動きに伴って身体を動かしている。

それでもなお、私たちが明日を迎えたいと太陽に従うのは、彼らがくれる温もりが心地よいからなのかもしれない。

「朝日の温もり」

6/8/2024, 12:39:14 PM

「"岐路"とは分かれ道のことである。」

僕には昔からずっと仲のいい幼馴染がいる。名前は咲也。咲也は僕とは正反対で、文字通り老若男女問わず人気がある。この前なんか一年生の女の子に告白されていたし、そのもっと前なんかおばあちゃんに話しかけられていたし、そのもっともっと前には知らない犬に懐かれていたし。僕には今までそんな経験一度もないし、女子に話しかけられること自体少ない。強いて言えば、この前仕事の会議の時に資料を見せてほしい、と話しかけられただけだ。僕がもし咲也だったら、この世界にもっと馴染めていただろうか。もっと好きになれていたのだろうか。

一人で帰る寂しさにはもう慣れた。あの日咲也と帰った十字路。学校から帰るといつもこの十字路で右と左に分かれる。僕は車の来ない十字路の真ん中に立って、少し往生してから家とは反対の左に曲がった。少し歩くと懐かしい咲也の家が見えてきた。僕らが小さい頃は綺麗な赤色に染まっていた屋根も、今ではみすぼらしい色に変わってしまった。奥崎の表札がついた家のインターホンを押す。その先からは聞き馴染みのある、少し歳のいった女性の人の声が返ってきた。すぐに開かれた家の扉から咲也のお母さんが顔を出した。
「あら、来てくれたのね。」
おばさんは昔と変わらない、でも少し痩せこけた顔で僕に笑顔を向ける。僕が会釈をすると、おばさんは僕を家の中へ招き入れた。昔はちっとも姿を見なかったおじさんも、仕事を辞めてからは家にいるようで、僕の顔を見て「来てくれたね。」と言い、会釈をした。僕も会釈を返し、おばさんの後を追う。

もう何回来たことだろう。何回見たことだろう。一切表情を変えない笑顔のままの彼を。
「今日は来てくれてありがとう。」
おばさんはそう言って線香の入った箱を僕に差し出す。お礼を言って線香に火をつける。今日は彼の七回忌だ。線香を刺そうとして、無造作に置かれた沢山のお供え物の中に、一つ丁寧に置かれている物が目に入った。

「ホールケーキ…。」

七回忌に囚われて忘れてしまっていた。
大事な幼馴染が僕に追いつく今日という日を。

「あぁ、そうか、今日はあいつの誕生日か。」

涙が止まらなかった。

咲也がこの世を去った日、彼は一年に一度の特別な日の主人公だった。年が経つにつれ一緒に過ごすことが少なくなって行ったけど、お互いの誕生日だけはいつもお互いの家でお祝いし合うのが、僕たちの中での暗黙の了解のようなものだった。高校三年生だった僕たちはお互いの進路についてもよく話した。僕は元々成績が悪いほうではなかったので国立大学への進学、咲也は持ち前の明るさとコミュ力で一流企業への内定が決まっていた。咲也は来年には一人暮らしを始めると意気込んでいて、地元で誕生日を迎えるのは最後になるかもしれないからと、僕に今年もお祝いして欲しい、と照れくさそうに頼んできた。そんなあいつの顔を見て僕は断れそうにはなくて、学校帰りに咲也の家に行く約束をしてあの十字路で分かれた。咲也が後ろから来たトラックに撥ねられたのはその直後だった。警察の捜査の結果、トラックの運転手は飲酒運転をしていたと判明。犯人は無事捕まったものの、咲也はもの凄い勢いのトラックによって50m近く飛ばされ、顔の原型が分からないほど強い衝撃を受け、救急車が到着した時にはもう、意識は無かった。

あの日僕たちは、三つの岐路にいた。
一つはいつも分かれていた十字路の右と左。
一つはそれぞれが選んだ道である進学と就職。
そしてもう一つは、生と死。

改めて考えてみて欲しい。
"岐路"とは"分かれ道"とは何なのか。
あの日僕たちが直面した岐路は、道なき道だった。
でも今でも僕は、僕ら人間は、一つの物事に対してそれぞれの感情を持ち、それぞれの岐路に立っているのである。

「岐路」

6/8/2024, 7:26:26 AM

世界の終わりに君と踊り明かしたい。

なんて言葉にできたなら。
君はこの世界から抜け出そうなんて思わなかっただろうか。

ある日、突然君は消えた。私に一枚のメモを残して。

君との出会いはある意味運命的だったのかもしれない。新学期に現れた君に私は心を奪われた。君と私の席の距離はざっと八人分。手が届きそうで届かないもどかしい距離で、躊躇っていた。そんな二人の距離に歩を進めたのは君の方からだった。
「名前、なんていうの。」
私の世界に今まで無かった、少し低いのに耳に馴染んでいくような声。先生から促され、少し気だるそうな無機質だったあの日の声とは少し違う、無意識に出た自然な声。そんな君の声が、私の為だけに発せられた声だと思うと胸が少し高鳴った。少し裏返ってしまいながらも何とか声を出す。そんな私の様子を見て笑う君が、凄く愛おしくて。部活動に所属したいという君を、私の所属しているダンス部に誘った。運動神経良くないから踊れるかな、なんて頭を掻きながら笑い、これから始まる新しい生活に想いを馳せるノリノリな君が本当に可愛くて。この時私は、後々この誘いが君に不運を誘い込むだなんて思ってもいなかった。

ダンス部に来て一日目。未経験ということもあり最初はやはりそう上手くはいかず、私が部活中ずっと側にいて教えていないと着いて来れなかった。私はご褒美のように部活の時間が待ち遠しかったけれど、君はそうじゃなくて。私にいつも迷惑をかけてごめん、と何度も泣きながら謝っていたのを今でも覚えている。けどそんな君も、一ヶ月も経てばあっという間に私の存在なんて忘れてしまったようだった。元々部内で人気者だった君が私から離れていくのは必然のことのようにも思えた。更に次の作品でセンターに抜擢された。私の一年間の努力は、君に一ヶ月で上書きしてしまった。
部活終わりに一人残って自主練をする。鏡に映る私の踊りと君の踊りは何が違うんだろう。色んな感情が心の中を巡る。教えてあげたのは私なのに。君が上手くなったのは私のお陰なのに。その色々な感情の中で怒りが優ってしまった。蓋をしていた自分の感情を解放して気付いた。君を最初に誘ったのは私なのに、出来ない君に勝手に同情して、出来ないと上から目線で勝手に判断して、彼女と一緒に踊りたいと勝手な気持ちで側にいて、でもいざ彼女が上手くなると勝手に嫉妬して。
「私勝手すぎない…?」
自分の勝手さに、自己中さに呆れて、悔しいはずなのに涙が出て来なくて、何だか笑いが込み上げてきた。一人しかいない静かな体育館に乾いた音だけが響いた。

それから立場が違くなった私たちは、クラスでも部活でも話さなくなっていって、いつの間にか私たちの距離は初対面の頃に戻っていた。もう昔の関係には戻れないと分かっていても、私には君を手放すことなんて出来なかった。それは自分の情けなさに気付いてしまったからかも知れない。申し訳なくて、どんなに君に合わせられる顔が無くても、私の瞳は君を捉えて離さなかった。もう一度あの頃に戻れるなら。少しでも一緒にいられるなら。そんな淡い期待もまだ胸の中に残っていた。

ある日盗み聞きした部活内の会話。
「最近調子乗ってるよね。」
「みんなあの子ばっかりちやほやしてさ。」
「私たちの一年間の努力は無駄だったってこと?」
同じ部活の同じ学年の子達が、更衣室で着替えながらひそひそ話している会話の中身は、間違いなくあの人のことだった。本人の知らないところで大好きな人の悪口を耳にするのは、とても苦痛だった。私の方が知ってる、何も知らないあんたたちが語んな、そう言いたいけど、立場があまりない私が彼女らに注意しても、余計火に油を注ぐだけだと思った。彼女らの怒りは、中身が濃くなるほどに頂点に達していって、遂に伏せていた名前を声にした時、タイミング悪く当人が更衣室の扉を開けてしまった。
「ちょっと、ノックくらいしてよ。」
「勝手に入ってくるとか変態じゃん。」
と、さっきまでの自分たちの態度に対して開き直り、ここぞとばかりに悪口を並べ立てる。気まずそうな顔をして君は扉を閉めた。どんなにその日一日待っていても、体育館に現れることはなかった。

君が部活に来なくなって一ヶ月が過ぎたある日。担任の先生が神妙な面持ちで話を切り出した。
「なぁ、もし今日で世界が終わるとしたら何する?」
なんだよ、そんなに深刻なことじゃないじゃん、そう思いながらも頭の中で考えてみる。私が死ぬ間際までしたいことって何だろう。出来ることなら寝ていたいし、最後までお腹は膨らませていたい。死んだら次こそは君と結ばれるように、六文銭を手に握っておこう。それから、それから…。考えていると先生が口を開いた。
「俺は奥さんに愛を伝える!」
そういう先生の姿を見てみんなが笑う。先生愛妻家だもんね、顔真っ赤じゃん、愛を伝えるのって大事だよね、と笑う人、揶揄う人、真剣に頷く人、返ってくる反応が人によって違うように、世界の終わりにしたいことも多種多様だった。みんなしたいことがあって今を生きている。世界の終わりにしたいことは、そのしたいこと全てを投げ打ってでもしたい、やり遂げたい、成し遂げたいことなんだろうな、と一人でに思う。…じゃあ、私が本当にしたいことって?寝たいとか、お腹を膨らましたいとか、そういうもの全てを投げ打ってでもしたいことって、なに?

学校に君の姿が見つからなくなって三日が経った頃だった。担任の先生から口づてに聞いた君のこと。君がもうこの世にいないということ。もっと早く君の異変に気づいていれば、君を助けられたかも知れない。私が君との間にできた距離を、君の異変のせいにして埋められていれば、君を取り戻せたのかも知れないのに。手遅れになる前に。

彼女のことは報道番組でも取り上げられた。昨夜学校の屋上から女生徒が転落する事故があり、警察は自殺とみて調査を進めているとのこと。女生徒は部活で使用していたと思われるシューズを履いており、屋上に残されていた彼女のものだと思われるローファーの中には、遺書と思われる一枚の紙が入っていたという。その情報と共に、紙の写真もテレビの画面に大きく映る。そこに彼女の字で一言だけ書かれていた。

「あなたとだけずっと踊っていたかった」

「世界の終わりに君と」