Una

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世界の終わりに君と踊り明かしたい。

なんて言葉にできたなら。
君はこの世界から抜け出そうなんて思わなかっただろうか。

ある日、突然君は消えた。私に一枚のメモを残して。

君との出会いはある意味運命的だったのかもしれない。新学期に現れた君に私は心を奪われた。君と私の席の距離はざっと八人分。手が届きそうで届かないもどかしい距離で、躊躇っていた。そんな二人の距離に歩を進めたのは君の方からだった。
「名前、なんていうの。」
私の世界に今まで無かった、少し低いのに耳に馴染んでいくような声。先生から促され、少し気だるそうな無機質だったあの日の声とは少し違う、無意識に出た自然な声。そんな君の声が、私の為だけに発せられた声だと思うと胸が少し高鳴った。少し裏返ってしまいながらも何とか声を出す。そんな私の様子を見て笑う君が、凄く愛おしくて。部活動に所属したいという君を、私の所属しているダンス部に誘った。運動神経良くないから踊れるかな、なんて頭を掻きながら笑い、これから始まる新しい生活に想いを馳せるノリノリな君が本当に可愛くて。この時私は、後々この誘いが君に不運を誘い込むだなんて思ってもいなかった。

ダンス部に来て一日目。未経験ということもあり最初はやはりそう上手くはいかず、私が部活中ずっと側にいて教えていないと着いて来れなかった。私はご褒美のように部活の時間が待ち遠しかったけれど、君はそうじゃなくて。私にいつも迷惑をかけてごめん、と何度も泣きながら謝っていたのを今でも覚えている。けどそんな君も、一ヶ月も経てばあっという間に私の存在なんて忘れてしまったようだった。元々部内で人気者だった君が私から離れていくのは必然のことのようにも思えた。更に次の作品でセンターに抜擢された。私の一年間の努力は、君に一ヶ月で上書きしてしまった。
部活終わりに一人残って自主練をする。鏡に映る私の踊りと君の踊りは何が違うんだろう。色んな感情が心の中を巡る。教えてあげたのは私なのに。君が上手くなったのは私のお陰なのに。その色々な感情の中で怒りが優ってしまった。蓋をしていた自分の感情を解放して気付いた。君を最初に誘ったのは私なのに、出来ない君に勝手に同情して、出来ないと上から目線で勝手に判断して、彼女と一緒に踊りたいと勝手な気持ちで側にいて、でもいざ彼女が上手くなると勝手に嫉妬して。
「私勝手すぎない…?」
自分の勝手さに、自己中さに呆れて、悔しいはずなのに涙が出て来なくて、何だか笑いが込み上げてきた。一人しかいない静かな体育館に乾いた音だけが響いた。

それから立場が違くなった私たちは、クラスでも部活でも話さなくなっていって、いつの間にか私たちの距離は初対面の頃に戻っていた。もう昔の関係には戻れないと分かっていても、私には君を手放すことなんて出来なかった。それは自分の情けなさに気付いてしまったからかも知れない。申し訳なくて、どんなに君に合わせられる顔が無くても、私の瞳は君を捉えて離さなかった。もう一度あの頃に戻れるなら。少しでも一緒にいられるなら。そんな淡い期待もまだ胸の中に残っていた。

ある日盗み聞きした部活内の会話。
「最近調子乗ってるよね。」
「みんなあの子ばっかりちやほやしてさ。」
「私たちの一年間の努力は無駄だったってこと?」
同じ部活の同じ学年の子達が、更衣室で着替えながらひそひそ話している会話の中身は、間違いなくあの人のことだった。本人の知らないところで大好きな人の悪口を耳にするのは、とても苦痛だった。私の方が知ってる、何も知らないあんたたちが語んな、そう言いたいけど、立場があまりない私が彼女らに注意しても、余計火に油を注ぐだけだと思った。彼女らの怒りは、中身が濃くなるほどに頂点に達していって、遂に伏せていた名前を声にした時、タイミング悪く当人が更衣室の扉を開けてしまった。
「ちょっと、ノックくらいしてよ。」
「勝手に入ってくるとか変態じゃん。」
と、さっきまでの自分たちの態度に対して開き直り、ここぞとばかりに悪口を並べ立てる。気まずそうな顔をして君は扉を閉めた。どんなにその日一日待っていても、体育館に現れることはなかった。

君が部活に来なくなって一ヶ月が過ぎたある日。担任の先生が神妙な面持ちで話を切り出した。
「なぁ、もし今日で世界が終わるとしたら何する?」
なんだよ、そんなに深刻なことじゃないじゃん、そう思いながらも頭の中で考えてみる。私が死ぬ間際までしたいことって何だろう。出来ることなら寝ていたいし、最後までお腹は膨らませていたい。死んだら次こそは君と結ばれるように、六文銭を手に握っておこう。それから、それから…。考えていると先生が口を開いた。
「俺は奥さんに愛を伝える!」
そういう先生の姿を見てみんなが笑う。先生愛妻家だもんね、顔真っ赤じゃん、愛を伝えるのって大事だよね、と笑う人、揶揄う人、真剣に頷く人、返ってくる反応が人によって違うように、世界の終わりにしたいことも多種多様だった。みんなしたいことがあって今を生きている。世界の終わりにしたいことは、そのしたいこと全てを投げ打ってでもしたい、やり遂げたい、成し遂げたいことなんだろうな、と一人でに思う。…じゃあ、私が本当にしたいことって?寝たいとか、お腹を膨らましたいとか、そういうもの全てを投げ打ってでもしたいことって、なに?

学校に君の姿が見つからなくなって三日が経った頃だった。担任の先生から口づてに聞いた君のこと。君がもうこの世にいないということ。もっと早く君の異変に気づいていれば、君を助けられたかも知れない。私が君との間にできた距離を、君の異変のせいにして埋められていれば、君を取り戻せたのかも知れないのに。手遅れになる前に。

彼女のことは報道番組でも取り上げられた。昨夜学校の屋上から女生徒が転落する事故があり、警察は自殺とみて調査を進めているとのこと。女生徒は部活で使用していたと思われるシューズを履いており、屋上に残されていた彼女のものだと思われるローファーの中には、遺書と思われる一枚の紙が入っていたという。その情報と共に、紙の写真もテレビの画面に大きく映る。そこに彼女の字で一言だけ書かれていた。

「あなたとだけずっと踊っていたかった」

「世界の終わりに君と」

6/8/2024, 7:26:26 AM