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「"岐路"とは分かれ道のことである。」

僕には昔からずっと仲のいい幼馴染がいる。名前は咲也。咲也は僕とは正反対で、文字通り老若男女問わず人気がある。この前なんか一年生の女の子に告白されていたし、そのもっと前なんかおばあちゃんに話しかけられていたし、そのもっともっと前には知らない犬に懐かれていたし。僕には今までそんな経験一度もないし、女子に話しかけられること自体少ない。強いて言えば、この前仕事の会議の時に資料を見せてほしい、と話しかけられただけだ。僕がもし咲也だったら、この世界にもっと馴染めていただろうか。もっと好きになれていたのだろうか。

一人で帰る寂しさにはもう慣れた。あの日咲也と帰った十字路。学校から帰るといつもこの十字路で右と左に分かれる。僕は車の来ない十字路の真ん中に立って、少し往生してから家とは反対の左に曲がった。少し歩くと懐かしい咲也の家が見えてきた。僕らが小さい頃は綺麗な赤色に染まっていた屋根も、今ではみすぼらしい色に変わってしまった。奥崎の表札がついた家のインターホンを押す。その先からは聞き馴染みのある、少し歳のいった女性の人の声が返ってきた。すぐに開かれた家の扉から咲也のお母さんが顔を出した。
「あら、来てくれたのね。」
おばさんは昔と変わらない、でも少し痩せこけた顔で僕に笑顔を向ける。僕が会釈をすると、おばさんは僕を家の中へ招き入れた。昔はちっとも姿を見なかったおじさんも、仕事を辞めてからは家にいるようで、僕の顔を見て「来てくれたね。」と言い、会釈をした。僕も会釈を返し、おばさんの後を追う。

もう何回来たことだろう。何回見たことだろう。一切表情を変えない笑顔のままの彼を。
「今日は来てくれてありがとう。」
おばさんはそう言って線香の入った箱を僕に差し出す。お礼を言って線香に火をつける。今日は彼の七回忌だ。線香を刺そうとして、無造作に置かれた沢山のお供え物の中に、一つ丁寧に置かれている物が目に入った。

「ホールケーキ…。」

七回忌に囚われて忘れてしまっていた。
大事な幼馴染が僕に追いつく今日という日を。

「あぁ、そうか、今日はあいつの誕生日か。」

涙が止まらなかった。

咲也がこの世を去った日、彼は一年に一度の特別な日の主人公だった。年が経つにつれ一緒に過ごすことが少なくなって行ったけど、お互いの誕生日だけはいつもお互いの家でお祝いし合うのが、僕たちの中での暗黙の了解のようなものだった。高校三年生だった僕たちはお互いの進路についてもよく話した。僕は元々成績が悪いほうではなかったので国立大学への進学、咲也は持ち前の明るさとコミュ力で一流企業への内定が決まっていた。咲也は来年には一人暮らしを始めると意気込んでいて、地元で誕生日を迎えるのは最後になるかもしれないからと、僕に今年もお祝いして欲しい、と照れくさそうに頼んできた。そんなあいつの顔を見て僕は断れそうにはなくて、学校帰りに咲也の家に行く約束をしてあの十字路で分かれた。咲也が後ろから来たトラックに撥ねられたのはその直後だった。警察の捜査の結果、トラックの運転手は飲酒運転をしていたと判明。犯人は無事捕まったものの、咲也はもの凄い勢いのトラックによって50m近く飛ばされ、顔の原型が分からないほど強い衝撃を受け、救急車が到着した時にはもう、意識は無かった。

あの日僕たちは、三つの岐路にいた。
一つはいつも分かれていた十字路の右と左。
一つはそれぞれが選んだ道である進学と就職。
そしてもう一つは、生と死。

改めて考えてみて欲しい。
"岐路"とは"分かれ道"とは何なのか。
あの日僕たちが直面した岐路は、道なき道だった。
でも今でも僕は、僕ら人間は、一つの物事に対してそれぞれの感情を持ち、それぞれの岐路に立っているのである。

「岐路」

6/8/2024, 12:39:14 PM