保志

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12/16/2021, 10:32:00 AM

『だから言ったでしょう? 風邪を引きますよ、って。』

 須黒はベッドの中で呻いた。なんとも情けない話である。
 周囲にあれだけ気を付けるよう注意しておきながら、自分が熱を出してしまっては示しがつかないではないか。
 「そこまで気にしますか…………?」
 するするする、といとも簡単そうに林檎の皮を剥きながら鳥栖が困惑したように言った。
 「む、むむ…………看病してもらっている身としてはこのまま絶対安静は勿論のこと、早く体調を回復させて復帰し、これ以上お前や他の方々にも迷惑をかけずに済むよう努力するつもりだ。…………はぁ、軟弱な我が身が恨めしいな」
 正直なところ、寝返りを打つのも面倒なくらいだったが、あまりに我が儘を言うのもよろしくない。
 せっかく期待をかけてもらったというのに。
 「貴方は阿呆ですか。少し熱が下がったからと言って無理をして、もう一度寝込むハメになるのが目に見えています。」
 剥き終わった林檎を自分で齧ると、鳥栖は須黒の額に触れた。その他より少しだけ低い体温が、今は熱を奪ってくれる。
 「熱を出すと、なんだか心細くなるそうで…………」 
 --------子守唄でも歌って差し上げましょうか。
 鳥栖が囁くように微笑む。
 須黒は熱と眠気でぼんやりと頷いた。
 「──────────♪」
 鳥栖は小さく歌いながら、とある情景を思い出していた。
 誰も残っていないであろう静まり返った校舎に反響する自分の靴音だけを聞きながら、確か、あの時も自分は歌っていた。
 ガランと何かが転がるような音がして、それに続いて自分以外の人間の気配がした。
 興味本意で近くの教室を覗いてみれば、黙々と清掃活動に勤しむ須黒の姿があった。どうやらバケツをひっくり返したらしく、雑巾で水を戻している。
 「こんな冬場に、正気ですか?」
 生真面目そうな瞳が私を映した。
 「ああ、俺以外誰もやろうとしないからな。」
 「…………他人を頼るという選択肢はないのですか、あなたの脳には」
 「ああ、この程度なら他人の手を借りるまでもない」
 「……………………まったく…………」
 この男は。
 「風邪を引きますよ、そんな長時間水を触る阿呆は貴方くらいのものではないでしょうか…………」
 「はは…………そうかもしれないな」
 (冬/蘭,来夢)

12/16/2021, 8:58:10 AM

 『雪なんて、待つものでもないだろうに。』
 
 どこまでも白が続いている。俺は白いなぁくらいしか思わないけど、隣の少女はそうでもないようだ。
 「これが、ゆき…………」
 “雪”という言葉をやたら丁寧に発音して彼女は微笑んだ。
 それもそうか、彼女にはこれが初めての雪なのだ。
 俺には冷たいだけの雪のひとひらだって、彼女からしてみれば余程物珍しく映っているかもしれない。
 俺がぼんやりと突っ立っている横で、きゃあきゃあ楽しそうにはしゃぐ姿は、なんというか。
 「…………つまらないな」
 暇を持て余して足元の雪を踏み固めながらぼやくと、彼女がようやくこちらを向いた。
 鼻を赤くして、髪には雪がほんのり積もっている。
 「寒いのは嫌いですか?」
 「べつに嫌いという程じゃない。…………そろそろ室内に戻らないとまた風邪引いて寝込むんじゃないか? あんたの看病を任される俺の身にもなってくれ」
 俺の肩をすくめる仕草に、彼女は不機嫌に鼻を鳴らす。
 「そうやってすぐ拗ねるのは良くないですよ。好きな子に嫌われちゃっても私、知りませんからね」
 もう嫌われた後なんだがな、という返事はしまっておいた。 そんなにこの景色が面白いのだろうか。
 俺には到底理解できない。
 …………。
(雪/禅,李里)