『だから言ったでしょう? 風邪を引きますよ、って。』
須黒はベッドの中で呻いた。なんとも情けない話である。
周囲にあれだけ気を付けるよう注意しておきながら、自分が熱を出してしまっては示しがつかないではないか。
「そこまで気にしますか…………?」
するするする、といとも簡単そうに林檎の皮を剥きながら鳥栖が困惑したように言った。
「む、むむ…………看病してもらっている身としてはこのまま絶対安静は勿論のこと、早く体調を回復させて復帰し、これ以上お前や他の方々にも迷惑をかけずに済むよう努力するつもりだ。…………はぁ、軟弱な我が身が恨めしいな」
正直なところ、寝返りを打つのも面倒なくらいだったが、あまりに我が儘を言うのもよろしくない。
せっかく期待をかけてもらったというのに。
「貴方は阿呆ですか。少し熱が下がったからと言って無理をして、もう一度寝込むハメになるのが目に見えています。」
剥き終わった林檎を自分で齧ると、鳥栖は須黒の額に触れた。その他より少しだけ低い体温が、今は熱を奪ってくれる。
「熱を出すと、なんだか心細くなるそうで…………」
--------子守唄でも歌って差し上げましょうか。
鳥栖が囁くように微笑む。
須黒は熱と眠気でぼんやりと頷いた。
「──────────♪」
鳥栖は小さく歌いながら、とある情景を思い出していた。
誰も残っていないであろう静まり返った校舎に反響する自分の靴音だけを聞きながら、確か、あの時も自分は歌っていた。
ガランと何かが転がるような音がして、それに続いて自分以外の人間の気配がした。
興味本意で近くの教室を覗いてみれば、黙々と清掃活動に勤しむ須黒の姿があった。どうやらバケツをひっくり返したらしく、雑巾で水を戻している。
「こんな冬場に、正気ですか?」
生真面目そうな瞳が私を映した。
「ああ、俺以外誰もやろうとしないからな。」
「…………他人を頼るという選択肢はないのですか、あなたの脳には」
「ああ、この程度なら他人の手を借りるまでもない」
「……………………まったく…………」
この男は。
「風邪を引きますよ、そんな長時間水を触る阿呆は貴方くらいのものではないでしょうか…………」
「はは…………そうかもしれないな」
(冬/蘭,来夢)
12/16/2021, 10:32:00 AM