この世界は砂漠だ。
ずっとこのままでいいよ。そう言うと彼は首を振った。「そういうわけにもいかん。お前の才能を活かすには人手がいるのだ」彼は次から次へと人を雇った。二人きりだった会社はみるみるうちに大きくなった。彼の選ぶ人はみんな僕との相性が良いようで、どちらかといえば人嫌いな僕でもうまくやっていけた。他人の中では息が詰まる僕でも普通にやっていけるのだ。こんなこと、今まであなた以外ではありえなかったのに。日々はにぎやかで毎日が楽しかった。あなたがそばにいなくても、さみしいと感じなくなった。そのことに気がついてふいに怖くなった。いつかあなたがいなくなったらどうしよう。もうお前は大丈夫だと一人笑って、僕の前からいなくなったらどうしよう。そして、あなたがいなくなったことにも気が付かず涙も流せない僕だったらどうしよう。僕は騒がしい同僚たちの輪から一人抜けて、社長室へ走り出した。ノックもせずに戸をあけると、彼が大福を伴に茶をすすっているところだった。僕は深い溜め息をついた。「一体どうしたのだ。そんなに慌てて」「なんでもない。ねえ、社長。一人だけで大福なんてずるいよ」もう少しだけ。僕はもう少しだけ、あなたとこうしていたい。
ふと手のひらを開くと、人差し指の先が切れて血が出ていた。しかし、どうして血が出ているのか思い当たる節がない。自分はただ道を歩いていただけである。その時、耳に激しい痛みが走った。嫌な予感がして耳を触ると、そこからもやはり血が出ていた。通勤前の出来事だった。通勤路は非常に道が広く整備されていて歩くのに妨げになるようなものはなにもない。私はただいつものように歩いて会社に向かう途中だった。いつもと違うのは家に手袋を置いてきてしまったこと、そしてよりによってそういう日に限って風が強くて寒かったこと。会社に着いてみると、社員たちはみんな事務局に殺到していた。どうやら絆創膏をもらう列らしい。
「やあ、Aさん。おはようございます」
「おはようございます、Bさん。これは一体なんの騒ぎですか」
「見ての通り、絆創膏をもらう順番待ちです。今日は風が強かったでしょう?」
「風?」
「あなたは最近引っ越してきたばかりでしたね。ここは他よりも一段と寒い地域でしてね。特に風は皮膚を切るほど。みんな北風に皮膚を切られて、こうして絆創膏をもらいに並んでいるわけですよ」