さよならと言う言葉は聞きたくない。どうせなら、また会いましょう、と言いたい。
けれど、別れることは確定している。だからこそ、また会いましょう。
そう言えたら良いのに。言わせてくれない。お別れの言葉すらも。
縁は別れ、断たれてしまった。けれど、いつかは再び縁が繋がることもあるのでしょう。その時のことを待つことにしましょう。
どれくらいの年月を経るとしても、生きている以上、再び会うこともあるのかもしれないのですから。
それは遠い先なのか、それともすぐ先なのか、誰にも分からないとしてもーー。
ーーさよならは言わないで。彼女はそう言って去っていった。彼はただ、また何処かで会おうと言った。
再会することが約束されている別れ。一方的なものより傷は浅いだろう。
全く言えない別れの言葉より遥かに良いのだから。
人生とは出会いと別れの繰り返しである。いつ出会い、いつ別れるのか。それは誰にも決められないことである。
どのように出会い、どのように別れてしまうのか。それもまた同じ、誰にも分からない。
なかには、別れたいのに別れられない。出会いたいのに出会えることがない。
それは何故なのか分からない。けれども、再会がある別れと言うのは、一つの希望となるものだーー。
闇がある。真っ暗な闇がある。それが辺り一面に広がっている。
それは闇夜の湖。明かりは偶然なのか何も照らしてはいない。
月は雲に隠れて見えない。ただ闇夜の湖が広がっている。底知れぬ闇と表現できるような暗さだ。
蝋燭の明かりが灯されれば、そこはまるで小さくも、光と闇の狭間と言えようか。
しかし、風が吹き明かりを消せば、真っ暗闇へと逆戻りしてしまう儚い狭間と言えようか。
それは、、人工的に作り出すことのできる狭間でしかない。
自然が創り出す光と闇の狭間は消すことができないもの。例えば、雲に隠された月が湖を照らせば、そこには光と闇の狭間が生まれるのではないだろうか。
その狭間は消すことがどうやっても消すことのできないものである。何せ照らしているのは自然の月光そのものなのだから。
どうやって、その大自然の狭間を消すことができるだろうか。その方法があるならば、是非ともご教授願いたいものだ。
その方法を知っていたとしても、月の光が見せる光と闇の狭間を消すことはしないだろう。
それはある種の美しさを感じさせるもの。宝石のように美しい。表現する言葉は無く、まさしく息を呑むほどの美しさであるために。
魚が跳ねる音がするのかもしれない。鳥が魚を捕らえる音がするのかもしれない。音がするとしたらそれだけだろう。
あなたはこの闇夜の湖にどんなインスピレーションを得たのか。どんな光と闇の狭間の物語を見出せたのか。どんなイラストを描くのか。はたまたそれはテキストなのか。
私にはそれを知る由もないのだーー。
距離が縮まれば、距離が開いていく。人生とはその繰り返しなのかもしれない。
理想の距離間隔は人それぞれ。独りが好きな人もいれば、大多数と共にいるのが好きな人もいる。
急に距離が縮まれば、おっかなびっくりするだろう。少なくとも、私はそのタイプだ。
つかず離れずの距離間隔がほどよい距離感だと私は思う。一方的にべたつくよりかは良い。
人間関係はその方が良いのではないだろうか。潤滑油は居なくても、仕事は回るもの。負担削減はできなくなるとしても。つかず離れずの方が良い。
独りの時間を楽しむ。大切にする。それができれば私にとってはちょうど良いだろう。
孤独とは違うのだ。孤独とは独りが楽しめない人のことを言うらしい。独りの状態が怖いと感じるのが孤独というらしい。今日、学んだことの一つであるがね。
そうなると、私は孤独ではないのだ。独りの状態が気楽と感じるのであるために。
皆でわいわいするのも、それはそれで良いことだ。皆で協力して何かをするのは苦では無い。
苦では無いのだが、エネルギーの消耗を感じる。この消耗を回復するには独りでいるのが私にとっては良いことなのだ。
寂しい奴や変人と揶揄する者がいるだろう。しかし、私は変人であるがゆえに気にすることはない。むしろ、誇りにすら感じられる。
本当の意味で独りになることは無いのが真実である。その理由は何故か。
自分が独りだと思う仲間が世界中にいるからであるためにーー。
ーー人間関係というのは、つかず離れずの距離間隔がほどよいと言う、独りを愛する者の考えであったーー。
泣かないで、という私の言葉にあなたは耳を貸すことはしないだろう。
あなたとの別れは寂しいもの。けれど、私は信じている。
新しい別の世界で私とあなたは再会を果たすのだろう。
そして、またこの世界で私はあなたに永遠の愛を誓い捧げたように、次の世界でも、また同じように愛を誓い捧げるのだろう。
今は悲しみの涙を流す時なのかもしれない。けれども信じて欲しい。
次の世界で、私とあなたが流す涙は、再会の喜びによる嬉し涙であると言うことを。
どんなに離れていたとしても、私は絶対にあなたを探し出す。見つけてみせる。
運命の赤い糸があるとするならば、私とあなたとの糸は結ばれているのだろう。
その糸を手繰り寄せて、結ばれているであろうあなたの指へと辿り着いてみせる。
だから、心配しないでほしい。思い悩まないでほしい。
どんなに時がかかるとしても、私は絶対にあなたに会いに行く。このことを信じて待っていてほしい。
今は悲しみの別れの時だとしても、次に会う時は、喜びによる再会の時にするのだからーー。
ーーそう言って、彼は彼女を遺して先に息を引き取りました。そして、彼女も彼の後を追うかのようにして息を引き取りました。
彼と彼女が次の世界で再会できたかどうか。それは誰にも分からないでしょう。
しかし、信じればきっと、彼が言い遺した運命の赤い糸を手繰り寄せて、再会を果たすのでしょう。
それは次なる世界での楽しみの一つとして、私とあなたの観る喜劇なのですからーー
冬のはじまりは寒いもの。寒さから始まると言っても過言では無い。
外出時にはコートを羽織る。黒いコートを羽織って。
枯れ木の道を歩いて行く。落ち葉の道を。白い吐息を吐きながら。
風が吹く。冷たい風が肌にあたる。身震いがする。部屋が、家が恋しく感じられる。
暖かい部屋の温もり。暖房が効いてくる時間をどう過ごすか。
毛布に包まるのもいい。暖かい温もりに包まれて。
今年の冬も寒くなるだろう。日が当たるとしても、風邪が吹いているから。
日向が恋しくなる季節。過ぎ去った夏の暑さを恋しく思うとしても。
冬が始まる。数ヶ月のも及ぶ寒い時が。生命が眠りに着く時が。
冬の終わりは暖かい春。その時はまだ訪れない。冬はまだ始まったに過ぎないのだから。
時は行き、時は逃げ、時は去る。その時にならなければ春は訪れない。
来年の春は暖かいのだろうか。その時になるまで誰も分からない。
今年の冬も寒いのだろう。冷たい風が吹くのだろう。温もりが恋しくなるのだろう。
人肌の温もりが。暖房の温もりが。それぞれ異なるとしても。寒さがあるがゆえに、温もりがより恋しくなるのだーー。
ーー世界は巡る。季節も巡る。時も巡る。その循環は誰であっても逆らうことはできない。境界は定められている。その境界を逆転させることは人にはできないのだーー。