このまま帰っても今朝の様に
言い合いになるだけだと思った。
ふぅー…っとため息をつきながら
最寄り駅から自宅までゆっくり歩いていた。
仕事中は業務で気が紛れたものの、
いざ、家に近づくと気がひける。
そうだ。新しくカフェができたんだっけ。
帆乃加が数週間前騒いでいたことを思い出した。
軽くお茶をしてから帰ろう。
日中頭を使ったせいか甘いものを身体が欲している。
んー。でも、家に帰ったら帆乃加の作ったごはんがある。
コーヒーフロートにしよう。カウンター席から
カウンター越しの店員に注文した。
注文するとまもなくして、コーヒーフロートが作られた。
店員が繊細にグラスを持ち、丁寧に氷をいれ、
コーヒーを注ぐ。その上にたっぷりのクリームが
盛り付けられた。
インスタ映えしそうな華やかな見た目だ。
おいしい!気持ちがリフレッシュされる。
……ずずっずずーー…。
ストローが氷にひっかかる。
以外と呆気なく飲み終わったな。
飲み終わったグラスをぼーっと眺めていると
ふと笑えてきた。
キレイな透明なグラスの中で、氷がいびつに残り、
赤いストローは氷にひっかかり、今にも落ちそうだ。
自分みたいだなと思った。
外見は立派なくせに中身がスカスカで不格好だ。
最近、仕事を理由に帆乃加との時間を蔑ろにしている。
グラスに残る氷が帆乃加の気持ちように思えた。
いろいろ話したいことあっただろうに…
嬉しいこと、楽しかったこと、悲しかったこと…
自分たちは今、愛が混ざりあっていなかったかもしれない。
多くの理由は自分にある気がする。
帰ったらきちんと帆乃加と話をしよう。
そして、週末二人でこのカフェに来たいと思い、
店を後にした。
「愛を注ぐ」
一人でゆっくり寝る布団は気持ちいい。
だけれど、二人でぬくもりを感じる布団も気持ちいい。
そのあたたかさは、
心と心を実体化したようなものだ。
心は見えないようで
よく見るとそこら中に見える。
「心と心」
他の家と比べると、自分の家には圧倒的に
愛が足りていないと感じていた。
はっきりと輪郭を持ったのは、
中2の深夜、彼氏とメールをしていて
つい夜ふかしをしていると、
母親の叫ぶ声と父親の罵声が聞こえた。
心配で2階の部屋からリビングに降りると
ぐちゃぐちゃになった部屋と
慌てて体裁をつくろう両親がいた。
父は不器用というか昭和的な頑固な人間で
ろくに話さないくせ、癇癪持ちだった。
何を考えているかわからなかったし、
母とうまくいっておらず、
私は母のことが好きだったので父を悪だと思っていた。
愛が足りていない自分がいる気がして怖い。
そんな自分が誰かを愛し、
家族を作れるのか不安になる。
周りを見渡すとみんな幸せそうにみえる。
本当にそうだろうか?
以外と、それぞれ抱える問題があり、
何かしらは欠けながらも
その日その日を過ごしているものではないか。
今更父を好きになろうとは思わないが、
嫌いになろうとも思わない。
父に限らず、周りの人間全てに対してそうだ。
わざわざ嫌な人を好きになる必要もない。
それも1種の愛情だ。
好きな人には好きなだけの愛を注げばいい。
愛はかたちがないから計れない。
自分の好きなようにしたらいい。
「愛情」
もう12月目前。
紗凪がタンスの整理をしていると
1枚のセーターが出てきた。
なつかしい。
ターコイズブルーのセーターを見ると毎年思い出す。
初デートは期間限定の催しの美術展だった。
近くにおいしいパン屋さんがあるということで
2つずつ買って、イートインコーナーで
ぎこちない会話の中食べたっけ。
美術展は、絵の迫力にも勿論感動したが
彼が一つ一つの絵とじっくり向き合ってる姿にも
ひどく心を打たれた。
達也は、とても感受性が豊かで優しい人だ。
いざという時守ってくれる…より守られるような人。
だけど、しっかり芯をもっていて、
自分を確立している。その印象は多少変われど
今も変わらない。
そう言えば、彼も紺色の似たようなセーターを
着て来て、なんだか気まずくもこそばゆいような
感情になったんだっけ。
ドキドキ。
あの日の初々しさはもうないかもしれないけど、
彼を思う気持ちは変わらない。
ターコイズブルーのセーターをぎゅっと抱きしめた。
「セーター」
シンプルなデザインのアルバムには、
たくさんの写真が並べられている。
食べ物や観光地、二人の楽しそうな顔等…
その日、その場の匂いや温度、会話が
タイムスリップしたかのように思い出される。
このアルバムは半年ぶりに開く。
正しくは、半年ぶりに開くことができた。
開いてしまったら、涙が溢れて、
自分が自分ではなくなってしまうと思い、
本棚の奥の奥に見えないように隠していた。
私は彼をとても大切に思っていたし
彼も私をとても大切に思ってくれていると感じていた。
違和感を感じたのは去年のクリスマス。
その日のデートは、
とても形式的で彼の気持ちがわからず、
必死でご機嫌取りをしたと記憶している。
アルバムの最後のページは、
クリスマスのイルミネーションの風景写真一枚。
彼は、LINEで一言。
「一緒に居て、疲れる。やりたいことができない。」
拍子抜けした。
私はわがままを言うタイプではなかったし、
彼との距離感は適度にとれていたと思う。
なにもわからぬまま、その後届いたのは
スタバのギフトカード2000円分。
2000円で別れられる女なのか。この1年は、
一体何だったのかと
私は、全てが嫌になり、彼を本棚の奥の奥に封印した。
改めてアルバムの想い出を見ていると
その時の感情が蘇る。
ただ、涙は溢れないし、
むしろ自分の顔を見て、なんて可愛くない顔を
しているんだろうと笑えてしまう。
確かに彼の様子伺いを多くしていて、
自分のことを愛してあげられていなかったかもしれない。
彼との生活が楽しくなかったわけではない、
むしろその時は自分にとっての最良だったはずだ。
__果たして最良だったのか?
それは、誰にもわからないし、すべての経験に
意味はあると思うが、少なからず
あの時、わたしはわたしを好きになれなかった。
どうやら、たくさんの想い出に手を振って
新しい一歩に踏み出す時が来たようだ。
外は生憎の雨だ。
この雨のように涙を流せばよいのに。
と、過去の自分に声をかけた。
「たくさんの想い出」