『靴紐』
「あ、靴紐解けてる……」
君の隣で歩いていた時のこと。いつの間にか自分の靴の紐が解けていた。
今日は一緒にたくさん歩く予定でいたから運動靴で来た。そのため当たり前のように靴には紐が通っている。
このままではいつか転んでしまうな……。
「ごめん、ちょっと靴紐結んでいい……」
「俺結んであげようか?」
急に飛んできた言葉。まさかそんな言葉が来ると思わなくてびっくりしているうちに、自分の足元に君がしゃがみ込んでいた。
「……ん、できた」
君がその場を離れて自分の足元を見てみるとおかしな結び方になった靴紐が現れた。
「……?なんか違くない……?」
明らかに蝶々の形ではない紐がそこにある。
「……あんま、紐結ぶの得意じゃないんだよね……」
得意じゃないのか。じゃあなんで「結んであげようか」なんて言ってきたんだ。
まぁでも、
「結んでくれて、ありがとう……」
「お前には転んで痛い思いしてほしくないからさ」
やはり自分の隣にいてくれるこの人は優しい人だ。
だけど、せめて靴紐は結べるようになってね。
『答えは、まだ』
今日、好きな人に告白した。
相手は、僕のことを知らないと思っていた。
だって自分は、所謂「隠キャ」と呼ばれる人間だからだ。
これに関しては自他ともに認めることだった。
でも、君は僕のことを知ってくれていた。
「隣のクラスの……、去年クラスおんなじだったよね?」
「え…、知ってるの……?」
「話したことあったから。ほら、グループワークのとき。ずっと同じ班だったじゃん」
まさか、覚えていてくれてるとは思わなくて、胸がぎゅうっとする。
そもそも、この告白は自分の気持ちにけりをつけるものだったから、こんなに会話が進むとは思っていなかった。
どうせ、「ごめんなさい」で終わりだろうと思ってた。
だけど、君はこんなに知っててくれてたんだ……。
「うーん、告白なんだけど……」
あ、来た。今しがた想像してた結果が来るときだ。
高く高くレンガを積み上げて、心の壁を厚くして、飛んでくる言葉に覚悟をした。
「君のこと、私まだ全然知らないと思うからさ……、」
その通りだ。自分が一方的に知ってるだけ。
「だから、」
「答えは、まだ。——先送りにさせて」
書いてて自分が恥ずかしくなってしまった
よくある設定のお話です
『センチメンタル・ジャーニー』
(感傷的な旅、失恋の傷を癒す旅、という意味らしいです)
とりあえず、旅に出た。
なんも考えられなくて、最低限の生活物質を持って電車に揺られた。
とにかくどこか遠くに行きたかった。遠くに居たかった。
あの人が居ないところへ。
川が綺麗なところに行った。
山並みが美しいところに行った。
鳥のさえずりが聞こえる道を歩いた。
その土地の美味しいものを食べた。
何もかも忘れることが許された。
社会で生きる事も、あの人の隣にいられる未来を想ったことも、
全部、ぜんぶ、
何もかも入れ替えられたような、
感情丸ごと掻き消せるような、
そんな旅だったと、今は電車に揺られている。
『君と見上げる月…🌙』
手が悴んで、自分の手を温めるという行為も億劫になってしまった。
足は地面にぴったりとくっついて離れない。
見晴らしのいい丘の上まで連れてきてくれたのは嬉しいのだけど、やっぱり寒さが今は勝つ。
「冬は空気が澄んでるから、星が綺麗に見える」
こっちに来てから君に教えてもらった。
都会生まれの私はあまり星空を見てこなかったから。
目の前には、無数の星々が散らばっている。
小さな星も自分の主張を忘れずに、ちゃんと輝いて、空が燦々としている。
中でも一番の輝きを放っていたのはやはり月だった。
都会でも月はもちろん見たことはある。
でも、今、すぐそこにいるこの星は、初めて見るような気がした。
空気が澄んでいるからなのか、
その吸い込む空気が綺麗で凍てついているからなのか、周りがやけに静かだからなのか、
「さむい……」
寒さに耐えきれなくて、上を見上げたまま、少し縮こまる。
「さぶい?」
そう問いかけ、君は私の手を絡めて繋いでくれた。
冬想定のお話です。
「さぶい」は「寒い」の方言です。
『空白』
大切な記憶を、私は忘れてしまったらしい。
目が覚めたら、やけに天井が白くて、入る光が眩しかったんだ。
隣には、君が居たんだ。
なんで、君が泣いているのか、わからなくて、
「大丈夫ですか」って聞いたら、
君は、すっと涙を引っ込めてしまった。
それから、君の涙を見てないね。
君は、私の恋人なんだね。
ごめんね、何も覚えていなくて。
忘れてほしくないよね。
大切な人が、自分のことを覚えていなかったら、
苦しいよね。
なんにも、覚えてなくてごめんね。
全部消去してしまったみたいな。
空白ができてしまった私に、
君は、
また思い出をくれて、埋めてくれるんだね。
ありがとう
そう言ったら、君は「急になに笑?」
って言ってくれた。
今の、君がくれた記憶も嬉しいんだ。
だけど、
この、思い出せない記憶も
思い出したら、
君はまた涙を流してくれるかな……?
よくある記憶喪失パロ的なものです。