《赤い糸》
その人を一目見た時、運命だと思った。
タイプなんて俗っぽいものではなく、
恋なんて美しいものでもない。
もっと本能的で、仄暗く、「それ」が必要不可欠なものなのだと心が理解している。
運命の人というのは、2人いるらしい。
1人目は愛を失う辛さを教えてくれる人。もう1人は永遠の愛を教えてくれる人だそうだ。
私は今まで人に恋をしたことがない。
つまりこれが1人目の運命の人だ。
失う愛を教えてもらうためだけに、繋がる糸。この人と歩んでも、悲しみを知るだけ。
わかっていて、自ら地獄に身を投じた。
1人目は、愛を失う辛さを教えてくれる人。
2人目は、永遠の愛を教えてくれる人。
それならば、永遠の愛なんていらない。
2本目の赤い糸は、自ら断ち切った。
たとえそれが自分を地獄から引き上げてくれる蜘蛛の糸だとしても、私は自らその糸を焼くだろう。真っ赤に燃える炎の中で、2本目の運命が黒く焼き切れるのを眺める。
たとえこの身を妬くのがこの炎であっても構わない。
賽の河原の石は何度でも積み直される。
報われない恋のように終わりがないとしても、ただ積み続けるしか、道は残されていないのだから。
《入道雲》
ゆっくりと、入道雲の下を飛行機が横切るのを目で追った。
まだ蝉も鳴かないのに、夕時になっても陽の登ったままのこの季節の中で、ただ1人取り残されたような気がして立ち止まる。
昨日までは雨が降っていた。それも、傘を強く打ち付ける耳障りな雨。
いつだったか、傘に落ちる雨音は銃声に似ていると言った人がいた。
深く息を吸えば、濡れた土や植物の匂いと過ぎた湿気で、鼻が鋭い痛みを訴える。
雨というのは色々と思い出す日だと思う。
母は一度足の骨を骨折してから、いまだに雨の日はその骨が痛むと苦笑していた。
古傷、それは身体に限らず、人々の心までしっかりと刻まれて残り続ける。
それでもまた、雨が止み、空が晴れれば存在を消したように影をなくす。
飛行機を見上げるのは平和の印だと誰かが言った。
昨日までの雨が嘘のように晴れた青空に、堂々と浮かぶ入道雲を、もう一度眺めて祈る。
もう二度と、雨が降ることのないように。