まだ帰らないでほしい、そんな気持ちが言葉に出てしまう。
職業柄、自分を偽るのは得意なはずだが……どうも彼女の前では冷静でいられない。
「すまない。だが、これは俺の本心だ」
費用だって出すし、必要な手続きも手伝う。少しでも楽しい時間を過ごしてほしいから。
「……ダメか?」
Title「傷心を貫く」
Theme「恋物語」
愛さえあれば何でもできる?
それは無理な話だ。力無きものはねじ伏せられる世の中。金や地位、名声に勝てるものなどあるのだろうか。
「愛とはトリガーですよ」
ティーカップを置きながら、男はそう言った。
そうだった、コレに聞いても参考にはならない。
彼は私が好きだからという理由だけで、私を連れて帰国し、名ばかりのメイドとしてこの家に置いている。
「始まりに愛があり、そこに金銭や権力、色々とトッピングし……行動に移す。守るべきもののためなら、多少は無茶するのです」
私の頭に手を乗せ、そのまま撫で始めた。
愛さえあれば何でもできる、とは限らないが、人を変えてしまうには充分な力があると言える。
Title「ただ一人への忠誠」
Theme「愛さえあれば何でもできる?」
これは私が学生だった頃の話。
いつも一人で過ごして、遠巻きにされていた先輩がいた。
仲良くしていたけど、家のゴタゴタに巻き込んでしまって……詳しいことは省くけど、私を庇って、片目と脳の一部を失った。見舞いのときも私は泣いて謝ることしかできなかったけど、先輩は私を責めることもなく、凪いだ目をしていた。
「謝るのを止めろとは言わんが、これだけは覚えておくと良い。お前も、私も、こうやって生きて帰れた」
未だ震える手で水を飲み、先輩は息を吐いた。
「お前の身に何かあったら、私は人を殺めただろう。思うことはあるだろうが、やらぬ後悔よりやる後悔だ」
包帯に覆われた痛々しい姿だが、先輩の手は温かい。
「お前のせいではないし、庇ったことを後悔していない。一つ頼むとするなら、これからも変わらず接してくれ。先輩と後輩としてではなく、友人の一人としてな」
Title「貴女の背を追って」
Theme「後悔」
世話焼きな一番槍は考える。
何を以てして彼女は幸せだと思うのか。
今は穏やかそうな笑みを浮かべているが、やはり野に生きる獣のような瞳は隠せない。
夜毎に怯えながら眠りにつく姿や、誰かを守るためにその手を血に染めたこと。
空いた利き目は何を映すのだろうか。
「こうやって、二人で作業するのも悪くない」
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土を掘り、鋤を振るっては身を起こす。耕すのは彼に任せ、私は草むしりと収穫に勤しむ。
成人してからようやく自由になった。こうやって、時間を忘れて何かをするのは初めてかもしれない。
そんな事を考えていると、帽子が飛ばされた。ちょうど彼の手元に収まったらしく、届けに来てくれた。
「ありがと。こうやって、二人で作業するのも悪くない」
憂いを帯びた瞳が、夕陽と同化する。
月並みな言葉だが、本当に美しい。
「どうされましたか?自分の働きに不足が……」
「いや。今度の右眼、色を揃えようかなと」
人並みの感性が少しずつだがわかってきた。
一方の彼は意味を理解し、顔を逞しい腕で覆い隠している。
Title
「報復の終わらせ方」「虚ろに流れるは」
「「恋慕の揺籃」」
Theme「失われた時間」「風に身をまかせる」
かつての主の忘れ形見。変わることのないその姿は、母君の優しい目とよく似ている。あの子が大人になれば、また変わるかもしれない。
……そんな日が来るのだろうか?正しい時の流れから切り離され、止まる世界の中に置き去りにされても?
いいや、考えても仕方がない。あの子を守れるのは私だけだ。
あぁ、そうだ。最近の彼女は、ほろ苦い味を好むようになった。少しずつだが、表情や声も戻ってきてる。
あの子は確かに大人に近付いている。
Title「日速1ミリの経過」
Theme「子供のままで」