百瀬

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5/16/2024, 4:08:38 AM

これは私が学生だった頃の話。
いつも一人で過ごして、遠巻きにされていた先輩がいた。
仲良くしていたけど、家のゴタゴタに巻き込んでしまって……詳しいことは省くけど、私を庇って、片目と脳の一部を失った。見舞いのときも私は泣いて謝ることしかできなかったけど、先輩は私を責めることもなく、凪いだ目をしていた。

「謝るのを止めろとは言わんが、これだけは覚えておくと良い。お前も、私も、こうやって生きて帰れた」

未だ震える手で水を飲み、先輩は息を吐いた。

「お前の身に何かあったら、私は人を殺めただろう。思うことはあるだろうが、やらぬ後悔よりやる後悔だ」

包帯に覆われた痛々しい姿だが、先輩の手は温かい。

「お前のせいではないし、庇ったことを後悔していない。一つ頼むとするなら、これからも変わらず接してくれ。先輩と後輩としてではなく、友人の一人としてな」

Title「貴女の背を追って」
Theme「後悔」

5/14/2024, 11:19:37 AM

世話焼きな一番槍は考える。
何を以てして彼女は幸せだと思うのか。
今は穏やかそうな笑みを浮かべているが、やはり野に生きる獣のような瞳は隠せない。

夜毎に怯えながら眠りにつく姿や、誰かを守るためにその手を血に染めたこと。
空いた利き目は何を映すのだろうか。

「こうやって、二人で作業するのも悪くない」



土を掘り、鋤を振るっては身を起こす。耕すのは彼に任せ、私は草むしりと収穫に勤しむ。
成人してからようやく自由になった。こうやって、時間を忘れて何かをするのは初めてかもしれない。
そんな事を考えていると、帽子が飛ばされた。ちょうど彼の手元に収まったらしく、届けに来てくれた。

「ありがと。こうやって、二人で作業するのも悪くない」

憂いを帯びた瞳が、夕陽と同化する。
月並みな言葉だが、本当に美しい。

「どうされましたか?自分の働きに不足が……」
「いや。今度の右眼、色を揃えようかなと」

人並みの感性が少しずつだがわかってきた。
一方の彼は意味を理解し、顔を逞しい腕で覆い隠している。


Title
「報復の終わらせ方」「虚ろに流れるは」
「「恋慕の揺籃」」
Theme「失われた時間」「風に身をまかせる」

5/13/2024, 7:50:55 AM

かつての主の忘れ形見。変わることのないその姿は、母君の優しい目とよく似ている。あの子が大人になれば、また変わるかもしれない。
……そんな日が来るのだろうか?正しい時の流れから切り離され、止まる世界の中に置き去りにされても?
いいや、考えても仕方がない。あの子を守れるのは私だけだ。
あぁ、そうだ。最近の彼女は、ほろ苦い味を好むようになった。少しずつだが、表情や声も戻ってきてる。

あの子は確かに大人に近付いている。

Title「日速1ミリの経過」
Theme「子供のままで」

5/11/2024, 11:50:59 AM

伝えきれぬ後悔とはいつまでも心に残る。相手が黄泉の国へ渡ってしまえばなおさら。
今は亡き彼にも筆で伝えたが口にすることは叶わなかった。だから、今代の彼には直接伝えることにする。
自分の思いの丈を伝えると、ほろ酔い気分ののふわふわした笑顔が一変した。
見開かれた目に感情の膜が張られている。

Title「返歌は恋情を添えて」
Theme「愛を叫ぶ。」

May.11

5/10/2024, 1:40:46 PM

結い上げた彼の髪に、何かが付いていました。取ろうと手を伸ばすと、ふわりと羽を広げて……個性的な髪飾りに笑みがこぼれました。絹の様な柔らかな髪が花を思わせたのでしょう。
銀糸を束ねる蝶と、書き物をする眼差し。
時が止まるような感覚に震えながら、カメラを構えます。シャッターを切った直後、蝶は飛び立ち、彼の視線は私に向いたのです。

Title「白き春を捉える」
Theme「モンシロチョウ」

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