「明日学校に隕石が落ちたらさ」
なんて、荒唐無稽な会話を始めた友達の顔を見た。明日は期末テストだ。
学校なんてめちゃくちゃになってさ、テストなくなればいいのにね、なんて言うのかと思ったら、一旦そこで、手元にあった抹茶ラテのカップをつっつきながら言葉を切って、真剣な顔でこう言った。
「そんな都合がいい隕石なんて落ちないか。それか、街丸ごとなくなっちゃうか……下手すると地球ごと粉々とか?」
危うく飲んでたもの吹き出すとこだったから、慌ててストローから口を離して、恨みがましい顔をしてみせた。多分、口がにやけてるのバレてる。あたしとコイツの仲だから。
「なんでいきなりそんな真面目になるかな」
「地学の範囲が被ってたから」
「そうだった。丁度その辺だったね」
あー、数学と地学ヤバいかも、と、あたしの意識がそっちに向きかけた時、友達はもう一回同じことを、正確には、ほとんど同じようなことを、言った。
「明日隕石が落ちたらさ。地球なんて木っ端微塵にしちゃうようなやつが」
あたしはもう一回ストローを咥えようとしていたのをやめて、変にきらきらしたその目を見た。窓の向こうから差し込むほんの微かな太陽の光を反射してきらきらしたその二つの瞳はまるで星みたいだった。
「そんときはさあ、ウチ、あんたとキャラメルマキアート飲みたいなあ」
そんなことを言うから、あたし、やっぱり笑っちゃった。のこり少ないカップの中からキャラメルマキアートを啜って、飲み切って、頬杖ついて、笑う。
「コーヒーもキャラメルも苦手なくせに?」
からかうように言ってやったのに、そいつときたら頷いた。大真面目な顔で。
「だってあんたが好きなやつだから」
なんて言うから、ちょっと照れた。
次の日、隕石は落ちなかったけど、あたしは抹茶ラテを飲んだ。
「世界の終わりに君と」
お気に入りのアイシャドウを瞼に乗せてぼかしたら、いつもは苦手なグラデーションが綺麗にできた。最高。新品の黒いアイライン、全くよれずに綺麗に描けた。最高。眉毛が左右対称に、超可愛く描けた。最高。リップもいつもよりぷるっぷるで可愛い。最高。シェーディング大成功でめっちゃ盛れた。最高。前髪超絶最強に可愛い。最高。髪はオイルつける前からさらつや。最高。ヘアアレンジ大成功。最高。トーストの焼き加減が最高。目玉焼きは半熟で最高。トーストに乗っけて食べ切って、予定より十分も早く玄関を出られそう。最高。
だったのに。
ざあーって、いきなり降ってきたゲリラ豪雨にやられてみーんなおじゃん。天気予報、ぜんぶ晴れマークだったのに。
「最悪」
神社の裏手にある寂れた鳥居の向こう側。そこに私の傘がある。黒い傘だ。蝙蝠傘と呼ばれる傘だ。昨日ひどい土砂降りだったから、いつものお気に入りの傘ではなく、こっちの無骨なやつを持っていったのだ。果たしてその選択は大当たり。お気に入りを使えなかった私の気分はともかくとして、大きくて無骨な傘は私と私の荷物をまとめて、無事濡らさずに送り届けた。ここでは新調したばかりの革靴のことは考えないようにする。
しかしそんな無骨な蝙蝠傘は、今や鳥居の向こう側。そして、昨日の私はずぶ濡れで、家路を辿ったわけだった。昨日の朝に降り出した滝のような大雨は未明にかけて降り続き、帰路に傘の共はなく。朝にはあれだけ死守したワイシャツも、ネクタイも、全部全部が濡れ鼠。髪のセットは諦めていたが、なにもここまで徹底的に洗い流さずともよかろうにと天に唾を吐きたくなった。どうせ土砂降りに返されるからやめたけれども。我ながら賢明だった。何にせよ今日は晴れたのだ。ものの見事に日本晴れ。であればもういい。濡れ鼠も幸にして、風邪を引かずに済んだのだから。
神社の裏手にある寂れた鳥居の向こう側。青い空によく映える、赤色の。その足元に、私の傘が転がっている。
私は石段を駆け上がって、少し弾んだ息のまま、昨日の雨粒を残して湿った石畳に膝をついた。にいにい、にいにい、小さな声が、蝙蝠傘から漏れている。
ああ、全く参ったことだった。私の部屋はペット禁止。とはいえこの小さいのを見捨ててゆくことは、私にはできやしなかった。
かくして私は誰にも言えないふわふわでちびっこい二匹の秘密を抱えて、雨上がりの帰路を辿るのだ。ひとまず駆け込んだ動物病院の待合室で、不動産屋に電話をかけたのは言うまでもない。
「誰にも言えない秘密」
立ち上がって大股で三歩くと壁に触れられる。普通の歩幅だと六歩くらい。触れた壁に背を預けてずるずると身体をずり落とし、床にぺたりと座り込んだ。真正面の窓からは夜の空と街灯のあかり。月は見えない。
電気を消した部屋の中は薄暗いけれど、何がどこにあるか、全てを知っているから別にそれでも良かった。だってほんの数歩で全てに触れられるのだから。なぜなら、ここは私の、私だけのお城で、私だけの宝箱なのだ。
「狭い部屋」