仕事でヘコんだことがあったり、日常生活でしょんぼりするようなことがあったり。
そんな時は大好きなものに囲まれてゆっくり過ごしたい。
大好きなぬいぐるみ、大好きな香り、大好きな食べ物に大好きな音楽。
それらに体をうずめて楽しいことだけを考える。
そうしたら明日も頑張ろうって気分になれる。
まあたまにここから出たくな〜い……になる時もあるけど。
だけどそれでも自分の大好きなものはいつでも寄り添ってくれる。救ってくれる。
大好きを増やしていけば心が豊かになり生活に彩りが出る。
そうして大好きなもので満たされている部屋はいつしか自分自身の楽園になるのでしょう。
私には大好きな彼がいる。
彼は私のことを第一に考えてくれて、私の絵をいつも褒めてくれる。
私が趣味で描いている絵は自他共に認める下手くそだけど、彼はとてもいい絵だねと褒めてくれる。
それだけで私は嬉しい。
だけど私はちょっと欲張りで、彼と一緒に私のやりたかったことやってみたかったことを一つずつ叶えていきたいという夢を抱いている。
そんな夢を見るくらいあまりにも今が幸せすぎるから、こんな幸せでいいのかなと彼に言ったら叶わぬ夢なんてないんだよ、と優しく囁いてくれた。
ああ、出会うのがもうちょっと早かったら私達は普通の恋人になれたのかな。
私の今世はもう終わっちゃったけど、未練を全部晴らし終わって成仏したら必ず彼の元にいきたいな。
だって叶わぬ夢なんてないんだから。
「花の香りと共に〜? 私、参っ上ッ! ババーン!」
よくわからない動きから始まり、勢いよく荒ぶる鷹のポーズをドヤ顔で決めた我が幼なじみを俺は呆然と見つめていた。
ゴミ出しのために玄関を開けたらすぐ変な口上と共にこれだ。春休みだというのに朝っぱらから勘弁してほしい。
つーか下スカート……あぁっ!?
慌てて視線を上にあげると幼なじみ殿は期待に満ちたキラキラ……いやギラギラした眼差しを俺に向けているのが見えた。
……俺の反応を今か今かと待っているのだろう……
「……ぃ、いつになくご機嫌だな……」
「ふっふーん、わかる?
実は母の作った練り香水がすっごくいい匂いだったから君にも嗅いでもらいたくてね!
ほらイイ感じの花の香りがするでしょ〜?」
そう言いながら俺に首を近づけてくる幼なじみ殿に俺は顔を反らすが、フッと香ってくるいい匂いについ鼻を近づける。
花の香りかはよくわからんが、柔らかく落ち着いた香りだ。それでいて甘く同時に清涼感も少しする気がする。
「ふふっ、君も好きな香りだったようだね!」
幼なじみの声にハッとなって慌てて顔を遠ざける。
女性の首筋の匂いを嗅ぐ男なんて、絵面がヤバすぎる。
「それじゃ目的も果たしたことだし私は帰るよ。
ちゃんと毎日歯を磨くんだぞ〜!」
謎の別れの挨拶をして幼なじみ殿はルンルンで帰っていった。
「……なんだったんだ……マジで……」
季節外れの台風が直撃したような気分になりつつも俺は当初の目的であったゴミ出しに向かうのだった。
玄関のカギ、ちゃんと閉めたっけ……?
一度疑問に思うとそれしか考えられなくなって、買い物中だというのに早々に切り上げて家に帰る羽目になった。
結論から言うとちゃんと閉まっていた。だから安心して買い物に戻れる。
……気分は若干重いけど。
しかし一度不安になっちゃうと心のざわめきが収まらないのはなんでだろうね。
というよりむしろ心がざわめかない人なんているのだろうか。
少なくとも私は見たことがないけど、もしもいたら訊いてみたい。
心の平穏を保つコツとかありますか、ってね。
君を探して幾年かが過ぎた。
俺は未だに君を見つけられずにいる。
君はどこにいるのだろう。
俺の目の前で煙のように消えてしまった君。
その様子を見ていた人によると、神隠しあるいは魔物の仕業かもしれないと語った。
俺にとってはどっちでもいい。神でも魔物でも君を取り戻すことに変わりはないのだから。
随分待たせてしまっているけど、いつか必ず君を見つけだすから後もう少しだけ待っててくれ。
君と再会できた暁には二人で結婚式の続きをしよう。
まだ指輪の交換も誓いのキスもしていないのだから。