とっておきのロイヤルミルクティー、そして自分のご褒美用のクッキーを名前も知らない女の子に差し出す。
女の子、といっても高校生くらいの子だ。目力の強い凛とした雰囲気の子。
どうしてこうなってるのか。そんなの私が一番知りたい。
女の子は恐縮しながら一礼してズズズと飲み干した。
いい飲みっぷりだなあと思いつつ紅茶ってそう飲むものだっけと考えてしまうのは私のこれまでの価値観からだろうか。
「……で、あなたは誰なのさ。あの手紙に書いてあったのが真実だとして……本当に私の娘なの?」
そう訊くと女の子は少しだけ目を伏せて静かに語った。
「……疑う理由もよくわかります。だって私はまだこの世に存在していない人ですから。
お母さん直筆のあの手紙だけが私を私だと証明してくれる唯一の物。
……信じられなくて当然ですよね。
でも本当なんです! 私がここに来ることでお母さんは助かるって……」
そう言う彼女の目にはうっすら涙が浮かんでいた。
未来の私はこの子を悲しませるようなことになってるのだろうか。何かの病気とか?
……私、いたって健康体なんだけどなあと心の中で呟きつつ私は女の子の目を見据える。
「わかった。言いたいことも聞きたいことも山ほどあるけど……とりあえずはよろしくね」
「あ、ありがとうございます!」
私に頭を下げて女の子は安心したように笑う。
……未来の娘と共同生活がこれから始まるのか。
まあこれはこれでおもしろそうだと思ってしまうのは持ち前の好奇心からだろうか。
あの手紙には未来のことを知ってはダメとか書いてあったけど、娘のことを知ってはダメとは書いてなかった。
これから少しずつ知っていこう。私のことも含めてね。
あの手紙はどこに行ってしまったのだろう。
大切に大切に仕舞っていたのに。
幼い頃友達から貰った手紙。私が引っ越してしまって長い事会ってないけど、とても大好きな友達だった。
もう顔もおぼろげだし声も忘れちゃったけど、それでも手紙を見たらあたたかい気持ちになるの。
……本当に、どこ行っちゃったんだろう。
そう呟いても手紙がひょっこり出てくるわけもなく、時間だけが過ぎていった。
部屋中ひっくり返す勢いで探してもやっぱり出てこない。
オカルトを信じない私でさえあの手紙は勝手に消えてしまったのだと思わざるを得ないほどだった。
そんなことありえるはずがない。ありえてほしくないのに、どうして見つからないの?
……嗚呼、手紙の行方は今いずこ。
キラキラと輝きを放つ星。
今日は、いや今日もとてもきれいだ。
今の季節はいろんな星座が見られるのだけど、悲しいかな私は星にそこまで興味がなくオリオン座しかわからない。
星占いなら興味ありありなんだけどな。
まあそれはさておき。
煌めく星々はいつ見てもきれいだけど、いつか天の川をこの目で見てみたい。
テレビでも写真でもプラネタリウムでもなく、本当に生で。
私のいるこの町は天の川を見るには少し明るすぎる。
だから夏になったらあの輝きを見るために星空で有名なところに行ってみたいな。
彼の左手の薬指におもちゃの指輪を嵌める。
それだけなのに幸せな思いで心が満たされる。
彼がゆっくりと私の左手の薬指におもちゃの指輪を嵌める。
きらりと輝くそれに胸がいっぱいになって思わず涙がこぼれた。
彼は優しく私の涙を指で拭って、唇に軽く触れるだけのキスをした。
感極まって彼を抱きしめ、思いつく限りの愛の言葉を彼に叫ぶ。
今日は私と彼の結婚式。
だけど神父も参列者もいない。それどころか結婚式場ですらない。
彼の部屋でひっそりと行われた結婚式。
私達はまだ中学生だから本物の指輪なんて用意できなかった。
だからいつかきっと大人になったら本物の指輪で立派な結婚式を挙げる。
……でもその時まで待ち切れない。そう思うのは我儘かな。
ねえお願い。時間よ止まれ。
せめて一日ぐらいはこの時のままがいいの。
僕はいつだって君を第一に思っているよ。
だから怖い時や心細い時には僕の名を呼んで。
君の声がする方へ全速力で駆けていくから。
ご主人さまからもいざという時は君のことを守るよう頼まれているんだ。
だから安心して。
君が天寿を全うするその時まで僕は生きられないけど何度だって生まれ変わって君のことを守るから。
君の声ならどんなに小さくても僕は聞き逃さない。
何があってもどんなことがあっても絶対に。
僕は君だけの忠犬だから。