暗がりの中で息を潜める。鬼に見つからないように。
……足音が聞こえる。近くにいるのか探している声だって聞こえる。
……大丈夫。ここは絶対に見つからない。だって私のとっておきの隠れ場所なんだから。
そう思っていてもやっぱりちょっと不安だからさっきよりももっと身を縮こませる。
足音が遠ざかっていって、私はホッと息を吐く。
隠れるのはあまり好きじゃない。ドキドキするから。
それに絶対に音を立てないと思えば思うほど笑いが込み上げてきちゃう。
だけどダメダメ。我慢我慢!
……でもどうしても我慢できなくて、うふふと声が出てしまった。
すると案外近くにいたのか、ふすまがゆっくりと開き鬼がひょこっと顔を出して、にっこりと声をあげた。
「お姉ちゃんみーつけた!」
ま、たまには妹とかくれんぼも悪くないわね。
コポコポと熱湯をティーポッドに注ぐ。紅茶の鮮やかな色と香りがじんわりと濃くなっていく。
後は蓋をして蒸らせば美味しい紅茶ができるとかなんとか。
正直うろ覚え知識だから合ってるのかすらわからない。紅茶好きな人には悪いけど、そもそも紅茶にそこまで詳しくなりたいとは思ってない。紅茶も特に好物でもないからね。
そんな僕がなぜこんなことをしているのかというと、ひとえに彼女のため。
彼女が昔からハマっている刑事ドラマ。それに出てくる特命係の警部さんが紅茶好きらしい。
先日、作中に出てくるティーセットを彼女が購入し、あなたの淹れた紅茶が飲みたいなとお願いされて今に至る。
……よし、そろそろいいだろう。注ぐ時は徐々に高くっと……
正直、こんな位置から淹れるのは間違っているんじゃないかなと思うけど彼女がそう淹れてほしい、と頼み込んできたからきっと正しい方法なんだろう。たぶん。
……でもかなり飛び散っちゃった。これ本当に合ってるのかなあ……?
そう首を捻っていると彼女が嬉しそうに駆け寄ってきて一口飲み、満面の笑みを浮かべる。
……まあ、こんなに喜んでくれるのならこれでいっか。
ふわりと漂う紅茶の良い香りと相まって今日は優雅な一日になりそうだ。
愛を囁いて。私の耳元で。
あなたが照れてもまだ足りない。
あなたから貰った愛は私の生きる原動力となるから。
私もあなたにたくさんの愛をあげる。
だから思いつく限りの世界の言葉で愛を語って。
愛は人生を豊かにしてくれる。彩りを与えてくれる。
愛がなくても生きていける。だけどきっとそれはつまらない。
あなたの愛。あなたの思い。
いつかあなたの命の灯火が消えても私はあなたを覚えている。
あなたの愛を抱いて生きていく。いつかもう一度あなたと巡り会うために。
そうしてあなたに貰った愛をあなたに返すの。
私とあなたの愛言葉を。
友達だからあなたの助けになりたい。
いつだったか忘れたがそれをあの子から言われた時、背筋がゾッとしたのを覚えている。
かつて友達だったあの子。今は顔も名前も思い出したくない。
昔は仲良しだった。それこそ学校の先生からもニコイチだと認識されるぐらいには。
いつから歯車が狂ってしまったのだろうか。いやそもそも歯車など噛み合ってなかったのかもしれない。
でもきっかけは覚えている。
例のウイルスが大流行して、緊急事態宣言が出るか出ないかの瀬戸際だった頃。
兄が結婚することをあの子にメッセージアプリで伝えたら
“へえ、こんな時に”
と返ってきた。
私の一番欲しい言葉のおめでとうは言ってくれなかった。
友達だからこそ言ってほしかったのに。
だから本当に、ショックだった。
それから色々あって縁を切り、あの子と関わりのない人生が続いていく。
だけど、友達といえばあの子を思い出してしまう。
一緒にいて楽しかった。それは嘘じゃない。
確かに私とあの子は友達だった。
友達が家に来た。
一緒にご飯を食べて、ゲームして、そろそろお開きという時間になった頃、奴が現れた。
黒光りするGから始まる虫が……! しかも二匹!
私も友達も悲鳴をあげ、逃げ惑う。
あろうことか友達は帰ると言い出し、私は縋り付いて懇願する。
一泊していこ? 一緒にゴ〇ジェット買いに行こ? ホイホイでもいいよ?
だからさ、行かないで帰らないで一人にしないで!
一人で頑張れってそんなこと言わないで!
行かないで! いやほんとマジで! 行かないで!!
……そんなすったもんだの末、友達は私の渾身の懇願にほだされ……ることなく、帰って行った。
後日、激闘を制した私に友達が詫び料として超お高いケーキとチョコ、それとバル〇ンをプレゼントしてくれた。
……バル〇ンの結果を見る時は友達も連れてこよう。今度は絶対に帰らせないんだから。