「上手くいかなくたっていいんだよ。大事なのはあくまで過程、努力をしたという事が大切なんだ。」
同じサッカー部のあいつは、休憩中や練習終わりになると口癖のようにそう嘯いた。
入部したばかり後輩達がそれをいかにも神妙そうな顔つきで聞いているのを見るたび、今すぐあいつの横っ面を引っぱたきたくなる衝動に駆られる。
ふざけるな。上手くいかなくたっていいなんて挫折した事がない人間が言う台詞だ。
結果が伴わなければ周囲はその過程にある努力を認めてくれない。
むしろ、頑張りが足りなかったと責め立てる。
失敗は何より恥ずべき悪徳だ。
あんたはろくな失敗をした事がないからそんな綺麗事を並べられるんだ。
何度もそう言おうとして、そのたびに言葉を喉の奥へと無理矢理押し込んだ。
己の不出来や浅はかさを嘆き続けた人間の気持ちを、聖人君子のようなあいつが理解できるはずがないから。
嫌になるほどよく晴れた夏の日の夕方、グラウンドの端の方で後輩達に指導する姿を見ながら、ふとそんな事を考えていた。
しばらくの間、濃い橙色に照らされたその光景をただぼうっと眺めていたが、ふいに、今が練習の最中だった事を思い出したかのようにシュート練習を再開する。
結局、自分は今日もあいつの綺麗事を聞き、心の中で反抗し、失敗を極度に恐れながら必死で努力をし続けるしかないのだ。
軽蔑、羨望、妬み、嫌悪、それらを全て綯い交ぜにした感情を抱え、鬱憤を晴らすようにボールを蹴り上げる。
ボールは綺麗な直線を描きながらゴールの中へと入っていき、ゴールネットが鈍い音を立て、それを受け入れる。
土埃で薄汚れたボールが地面を力なく転がる姿を見て、
「今思い切り蹴り上げたものが、あいつの頭だったら良かったのに」
無意識のうちにそう思った。
_______お題『上手くいかなくたっていい』
私はこれまで何不自由なく、蝶よ花よと育てられてまいりました。
立派なお部屋に住まわせてもらって、何もしなくても美味しい食べ物があたえられ、ただぼうっとしているだけで褒められる。
きっと他の人から見れば、私の生活は満ち足りた幸せなものなのでしょう。それは重々理解しています。しているんです。
けれど時々、少しだけ、ほんの少しだけ、自由というものにひどく焦がれてしまうのです。
どうか、贅沢だと笑ってください。
そうでもされないと、私はきっと罪悪感で潰れてしまう。
足りなければ飢えや乾きを嘆き、与えられれば自由を求める、これは一つの罪です。これほど卑しい事がございましょうか。
あぁ、私は醜いのです。ろくでなしです。
恨めしい、どんなに嘆いてもにゃあにゃあとしか発音出来ないこの喉が恨めしい。
ねえそこのアナタ、私を逃して頂戴。
これ以上卑しく醜くなる前に、私をお外へ出してくださいな。
もしそれが出来ないのなら私を殺してください。
後生です、お願いします、ねえ、聞こえているんでしょう、ねえってば、そこのアナタ………
______お題 『蝶よ花よ』
ねえ、君、この世の一切合切は最初から決まっているだなんて僕が言い出したら、君は信じるかい?
意味が分からない?
そうだな、その、なんと言ったらいいんだろうね、難しいな。
例えば、君が今日の朝食にパンではなくシリアルを選ぶことも決まっていたし、スマートフォンをアスファルト上に勢いよく落としてスクリーンに無機質な縦縞が沢山表示され、気分を落とすことも決まっていたんだ。
何で知ってるのか?
最初から決まっているからだよ、最初に言った通りね。
君は次に僕に向かって『冗談はよせ』と言うし、僕はそれを無視して話を続ける。
僕は君が今日してきた事を1から10まで説明する。
行きがけに猫を見かけた事とか、あやうく交通事故に巻き込まれそうになった事とか、あるいは好きなショートケーキが売り切れていた事とか。
それらを聞いた君は、何とか話を止めさせようと僕に掴みかかろうとする、しかし足元がおぼつかないのか派手につんのめる。
この後も僕は君の行動を予測し続け、最終的には半狂乱になった君に、その手に持った灰皿で
______お題『最初から決まっていた』