足先に何かが触れた感覚。スマホに向けていた目線を久しぶりに現実に向けた。「あ」と声が出た。
無惨にひしゃげたカラス。車に轢かれたのか、もうそこに命は宿っていないようだった。
取り敢えず、その姿を写真におさめる。
このカラスはどうしたら良いのだろう?めんどうだ。写真は撮ったし、あとはどうでもいい。あとでSNSにでも投稿しよう。死骸からスマホへ目を戻す。歩き出して少ししたあと、背後で子供たちの声がした。彼らもカラスを見つけたようだ。どうやら埋めてあげようとしているらしい。
ばかなやつらだ。そこら辺に住んでる鳥なんてどんな菌を持っているかわかったもんじゃない。触るなんて自殺行為だ。
声をかけられないよう、足を速める。
服を掴まれる感覚がした。
「おにいさん!」
屈託の無い顔。死んでしまったカラスを悼む気持ちだけがそこからは感じ取れた。
「死んだ鳥は危ないから触らない方がいいよ」
手伝えなど言われるとめんどうだから先に忠告だけはしておいてやった。非日常には関わらないことが一番だ。
「じゃあ、どうすればいいの?」
放っておけばいいのに、彼はそんなことを言う。彼らにはこのカラスをこのままにする選択肢はないのだろう。
自分はいつからこんな大人になったのだろうか。この子らのように周りを労る心をいつ忘れてしまったのだろうか。小さい頃目指していた"いい人"になぜなれなかったのだろうか。
わからない。僕はどうすれば良かったのだろう。「どうすればいいの?」と聞いた男の子の声が頭の中で反響する。そんなものは僕にはわからない。
「どうすれば、いいんだろうな」
ようやく口を開く。
「おにいさんにもわからないの?」
わからない。僕にはわからない。でも、この子たちのために何かしてやりたいと強く思った。久しぶりに感じる、他者への愛情だった。
「そうだな。でも、わかりそうな人に電話で聞いてみようか」
市役所の電話番号を調べる。結局これは、自分が何かしたことにはならないのかもしれない。最後は他人に解決策を求めている。
でも、良いのだ。善の心。長らく忘れていたそれを久しぶりに自分の中に見出だすことができたのだから。
想い出を くれたあなたに 恩返し
お供え物は 何がいいかな
君と最後に会った日
最後に会ったのは、まだ2日前。でも今すぐにでも会いたい。別れた瞬間から会いたかった。あなたと一緒に話をするのが好きで、時々手が触れあうのも好きで、誰よりもそばにいてほしくて、朝一番に思う人。
まるで恋人みたい。
でも、違う。私たちは恋人なんかじゃない。同性同士で互いに恋愛感情なんてない。ただ長く一緒にいすぎたせいで少しの別れもつらく感じるだけ。
だと思ってた。
最近、自信がなくなってきた。あの人から見て、私は何?友達として見てもらえてる?迷惑な存在?私のこの感情は本当に恋愛感情じゃない?
その度に否定する。
迷惑だと思われてたら、早々に縁なんて切られるはずだ。私はあの人とキスもその先もしたいと思ったことはない。
ただ一緒にいたい。一生そばにいてほしい。離れていかないでほしい。
お酒の話になったとき、当たり前のように、大人になったら一緒に飲もうと言ってくれたことがとても嬉しかった。それだけで胸がいっぱいだった。
高校で仲良くしてる友達がいると言われて胸がえぐられた。刺されたような痛みだった。
なんの現実味もない物語の話がとてつもなく羨ましい。何もかもうまく行ったら。あの人と一生を共にできたら。そんな願いは叶わない。私は最低な人間で、あの人は聖人のような人だから。
あの人と会う最後の日はいつになるのか。いつになったら私の彼女への執着は終わりを迎えられるのか。苦しい。早くそのときが来ればいいのに。
言の葉を 突き立てればすぐ 崩れ去る
彼女の心 繊細な花
「1年後の自分に、手紙を書いてみましょう」
始業式の次の日。硬い空気の中、新しい担任が言う。
「なんでもいいんですよ。先生たちも、お友だちも、誰も見ません。1年の目標とか、頑張りたいこととか。1年後の自分に質問をしてみてもいいですね」
こんなに張りつめた空気でも『お友だち』と言うあたり、この人は根っからの小学校の先生らしい。
前の子がぎこちなく振り返る。プリントが少しよれていた。力が入りすぎている。緊張しているのか。
溜め息をぐっとこらえて、プリントを受けとる。
1年。
1年も、またこんなつまらない空間を、つまらない人たちと共有しなければならない。
目標も、頑張りたいことも、楽しみなこともない。
ただ、淡々と毎日を処理するだけ。
『1年後』なんて、僕にはあるのだろうか。
死にたい、なんてことは考えない。今の僕にその勇気がないのは、僕が一番わかってるから。
それでも、夢見てしまう。
1年後の僕へ。
そろそろ、勇気は出ましたか。