きょうだいと比べられる。
上の子、真ん中の子、下の子、誰であれ経験があるであろう経験。
『どうしてあの子ばかり褒めるの』
『どうして私ばかり我慢してるの』
なぜこんな幼稚な嫉妬が顔を出したかと言うと、出来のいい妹——大人になってからやっと仲良くなれた——と久々に話しているからだ。
私も妹も成人した身。幼い時分であれば喧嘩していた二人も、正反対な性格ゆえに気楽に話せる関係へと変わっている。妹に至っては幼馴染と結婚し、数カ月後には母となる身である。対し、幼少期から『どんくさい姉』であった私は、今は親の監視を離れ、悠々自適な独身貴族だ。
「ねーちゃんさ、良い人いないの?」
「あー、興味ないやそういうの」
「寂しくない?」
「んー、別に。むしろ、常にべったり誰かといるの、しんどくない?」
「全然!」
会うたびに交わされる、いつもの会話。答えは分かりきっているものの、つい訊かずにはいられない。
妹とこうやって話すようになってから、分かったことがある。大人になったから分かったことでもある。
妹は『無いものは、がむしゃらに足掻いて自分で掴みとる』タイプであり、対して私は『無いものは早々に諦め、あるもので補おうとする』タイプだ。努力が得意か工夫が得意か、といったところか。
確かに、妹のような努力を惜しまない子は、親や教師といった大人からは輝かしく映るのだろう。そして、早々に諦めて妥当な道を探る私は、大人から見れば夢のない、可愛げのない子に見えたのかもしれない。頭では仕方ないと理解しつつ、ちょっと理不尽じゃあないかとは思うけれど。
私がそんなことをぼんやりと考えているうちに、妹が口にする話題は家計の話へと切り替わっていた。子供が生まれてからの家計が不安で、旦那と転職について喧嘩になったそうだ。
「転職して給料増やすのも大事だけどさ、まずはあるものでやりくりできるように支出見直せば?」
「えー、例えば?」
「服とか化粧品とか旦那くんの飲み会代とか、見直せるとこあるでしょ?」
けれど、大人となった今では、私の「工夫」の性分はそれなりに役立っている……はずだ。今もこうして妹の愚痴兼相談に乗っている。
仄かな優越感が湧き上がる。あの頃駄目な子扱いだった私が、優等生の妹にあれこれ言っている……。そんな事実が、比較され続けた幼少期の自分を宥めてくれるようで。
『結局、ないものねだり、だよなぁ』
漏れかけた呟きを押し殺すようにコーヒーを飲み込み、私は倹約から旦那の浪費癖の愚痴へと切り替わった妹の話に、耳を傾けた。
「お先に失礼しまーす」
「おつかれさーん」
定時を過ぎ、人がまばらになった事務所内。誰に言うでもなく声を出すと、残った従業員たちから気の抜けた声が返ってくる。
ロッカーから薄手のコートを取り出して羽織り、裏口を開け駐車場へ向かう。まだ日中の暖かさが残る微温い空気が、春が来たぞと告げるように揺れた。
凝り固まった背中をほぐすように背伸びを一つ。一日中パソコンのモニターとにらめっこしていたせいか、目の奥がじんと重い。
ゆるゆると首を回しながら車に乗り込み、エンジンをかける。寒さが和らいだおかけで、予めエンジンをかけておく必要がないのは助かる。雪が降り続いていた数週間前が、まるで大昔のことのようだ。
『⸺ラジオネーム、サクラサクさんからのおたよりです』
エンジンをかけた車のスピーカーから、僅かにノイズの入った柔らかい声が流れ始めた。今日は木曜日。確かこの時間帯はリスナーからのお悩み相談とリクエストコーナーだったか。
『いつも受験勉強のお供に聞いています。優しいトークに、いつも癒やされています。読んでもらえたらうれしいです』
『ずっと受験勉強に打ち込んで、憧れていた大学に合格できました。でも、嬉しいはずなのに、同じくらい不安でいっぱいです⸺』
もう、そんな季節か。
胃が捩れそうなほど緊張しながら受けた入試、不合格通知を受け取る悪夢に悩まされた日々、そして合格発表……。一応会社内では若手に分類されるはずなのに、『そんなこともあったな』と考えている自分自身が、いやに年寄りに思えた。
ぼんやりとラジオの続きに耳を傾ける。パーソナリティが、いつもの柔らかい声で『これからがスタートだよ』と伝え、新生活に向けるエールになる1曲を、と私が学生時代によく聞いていたバンドの曲を流し始めた。
懐かしい曲に引っ張られ、学生時代の記憶が次々と湧いては弾けていく。通訳や翻訳家になりたい、と一番得意な英語を武器に息巻いていた頃。大学の専門学科に飛び込んでみたものの、周りは自分と同じくらい英語が得意な生徒しかおらず、伸び切っていた鼻をへし折られた頃。迷走に迷走を重ね、就活もままならなかった頃。
そういえば、入試の時も、就職に迷っていた頃も、この世の終わりかのように感じていた。今思えば、当時は『若かった』のだろう。
憧れの職とはかすりもしない職に付き、社会の歯車として働いていることを過去の私が知ったら、どう思うだろう。軽蔑するだろうか。
「軽蔑……は流石に無いか。うん」
過去の私が、現在の私を知ることはない。過去が地層のように重なるのでなく、過去から時間の糸が続く先に私がいる。
過ぎ去った日々を想うのは悪くないけど、考え過ぎも毒だな、と独りごち、帰路へ着くべく、私はアクセルペダルをゆっくりと踏んだ。