向かい合わせ
私は、君と向かい合わせになるこの時間が大好きだ。
三限目の数学の時間。
先週あたりからグループで行う課題が出ていて、今回も席の近い四人組で机を合わせる。
君は隣の席だから、いつもはその綺麗な横顔を眺める事しか出来ない。
でも、この時間だけは向かい合わせになれる。
これは隣の席の特権なのではないだろうか、なんて。
この時間は密かな私の楽しみですらあった。
君の視界の中に、一秒でも長く私が映ると良いな。
そんな事を考えながら、私はプリントの問題を解いていく。
私は今日も下を向いたまま、前髪の隙間から目だけで君を見つめた。
皆んながプリントに目線をやる中、私だけが君に目線を送っている。
__そう思っていたのに、君は私の先を見つめていた。
君のそんな目、初めて見た。
私は君をそんな目にさせるモノを知りたくて。
私も君と同じモノが見たくて、自然な仕草で背後を向く。
君と私の視線の先には、かわいいあの子。
ああ、そうか。
身体だけは向かい合わせになっているのに。
目線が、心が私の一方通行。
…ねえ、もし私が君への想いを告げたのなら。
その瞬間だけでも、目線も心も私と向かい合ってくれるのかな。
やるせない気持ち
私たちは幼馴染で小学生の頃から今までずっと一緒だった。
だから私の思い出の中にはいつも貴方が居た。
昔から貴方と私はとても対照的で、真反対な人間だった。
いつからだったかな。
貴方が私を無意識のうちに自分より下の人間として見て、接している事に気づいたの。
貴方は明るくて、人気者で私にないモノ全てを持っていたから。
優しい貴方は、私の事も明るく照らしてあげているつもりだったのかもしれない。
でもね、私は貴方みたいに優しい人間じゃないから、その明るさに火傷してしまいそうで。
貴方に照らされる程、私の影はさらに濃くなった気がする。
子供の頃から何をしても上手くこなす貴方をずっとそばで見て来たから、どうしても自分がつまらない人間に見えてやるせない気持ちになってしまう。
貴方への憧れと嫉妬で、私の感情は汚いものへとなっていった。
この感情は、どう言い表せば良いのかな。
海へ
彩りのない私の日々は、夏休みに入っても変わる事がなかった。
仕事に追われる毎日。
時計に目をやると午後の八時を指していて、それを意識すると一気に疲れが増した。
「せっかくの夏なのになあ。」
そういえば私この夏休み何もしてないかも、なんて急に寂しくなったりして。
ふと夏を感じたくなった私は海へと車を走らせた。
外はすでに暗く、クーラーの効いた涼しい部屋に慣れてしまった私にとって、少しジメジメとしている様に感じた。
家を出て二十分くらいたっただろうか。
海につき、私は近くのコンビニに車を停めた。
風が涼しい、海の音が聞こえる。
この海を見るだけで、この音を聴くだけで今までの夏が蘇ってきた気がした。
足元を見ると、月明かりに照らされキラキラと輝く一つの貝殻を見つけた。
私はそれを拾い、ハンカチで優しく包み込む様に鞄にしまった。そして、残りの時間夏を堪能した。
家に帰り、窓辺に先ほどの貝殻を置いてみた。
部屋には光が少ないため、海の時の様に輝いてはいなかった。
明日が来ると、また彩りのない退屈な毎日が始まるのだろう。
でも、貝殻の周りだけは優しい色で照らされている気がした。
部屋に夏がある、それだけで明日を頑張ろうと思える。
私の夏はまだ始まったばかりなのかもしれない。