記憶
初デート、クリスマス、バレンタイン。
あの時私はずっとこの時間が続けばいいのに。
ずっと記憶に残しておこう。と心の中で密かに思った。
しかしその思いとは裏腹に記憶はほとんど残っていない。
残っているのは別れ話の記憶くらいなものである。
一体いつからあの時を記憶から消そうとし始めたのだろうか、消したくない記憶のままではいられなくなったのだろうか
そして一体いつ全ての記憶が消えてくれるのだろうか
もう二度と
私は今日愛する人と、いや愛していた人とお別れをする。
あなたはまだそれを知らない
知らずに私に愛を囁き、あちらこちらに花弁を散らす
愛おしそうに私を見るこの顔も、私と重なるこの体も二度と見ることはない。今後はあなたのこの姿を私以外の女が見ると思うと、少し惜しい気もする。だから今日だけは「私だけのものになって」と狡いことを言う。
夜が更けてきた。
あなたが寝ている間に私はあなたの女ではなくなる。
あなたの女であるうちに焼き付けておこう、私を愛した男の姿を、もう二度と見ることのないあなたを。
曇り
晴れは好き。晴れ具合によって気分が明るくなるから。
雨は別に嫌いってわけじゃない。たまには濡れたくなる日もある。
でも曇りは嫌いだ。
晴れでも雨でもない状態が中途半端に感じてしまって好きになれない。
でも曇りから太陽がのぞいてきて、天使が降りてきたような光が自分に降り注いだ時私は曇りを好きになる。
先が見えないような中途半端な状態は好きじゃない。
それでもそこから光が見えた時の感動は計り知れない。
経過も含めて結果を楽しむというならば、私は曇りも好きなのかもしれない
bye bye…
今日は高校の卒業式
3年間通い続けたこの学校とも、共に過ごした友人たちともお別れである。
友人たちとは離れたくなかったが、それよりも離れたくなかった人がいる。
高校2年生の時から憧れていた人。好きになってはいけない人。叶わないと分かっていたけれど、ずっと目で追い続けてきた。誰にも明かさなかった秘密の恋。
同級生のイケメンでもない。部活の先輩でもない。
受験勉強をサポートしてくれた歴史の先生だ。
想いを伝える気も、その勇気も私にはない。
だから
「今までありがとうございました」
と花のブローチを付けた私は笑顔で先生に向かって言った。
これが私が出来る最大の告白だ。
先生は何も気づかずにただ
「頑張れよ」
と返す。
震えそうになるのを抑えて
「はい」
と精一杯答えて後ろを向く。
先生
2年前からずっと好きでした。あなたは私の青春だったんです。…どうかお元気で
bye bye…
君と見た景色
ふと見た夕焼けに見覚えがあった。
どこからみても同じようなオレンジと黄色とピンクがグラデーションになった夕焼け。
近くにいた女の子たちが「きれ〜」と叫ぶ
確かに綺麗だ。綺麗だけれど…何か違う。
二、三歩ゆっくり歩いてみた。
私の体に少し冷たい風が吹いた時、タイムスリップしたかのような感覚に襲われた。
「綺麗だね」
忘れられないあの人の声が聞こえた気がした。
そうだ。
ここは、この目の前の夕焼けは、君と見た景色だ。
あの時は一段と輝いて見えたあの景色は、「こんなものか」と少しがっかりするような景色になってしまった。
…いや、景色は大して変わっていない。
きっと私と君が変わってしまったんだ。