【心の羅針盤】
目的に向かうのが羅針盤だとずっと思って生きてきた、だけど目的がなくなったらどうして良いのか分からなくなった
目的がないならその日の心の揺れるままに
ゆったりと海に浮かんでいても良いなと思うようになった
人との関わりを避けられないこの世の中なら
周りをよく眺めて前に出たり下がったりと
調和しながら…その日その日揺れて生きていくのが心の羅針盤になっている
【またね】
私の中で「またね」と言う言葉が特別になったのは、小学5年生の時にたった一人の親友が
転校してしまってから……
サヨナラと言えず「またね」と言った
小学生の私には一人で行けるような所ではなかった、それは外国だったから…
手紙を書いて出す勇気も無くて
まだスマホが無いから電話はお金がかかるから……
何よりも、もう二度と会えないと
遠く遠く私には遥か彼方へ行ってしまう気がしていたんだ
そんなセンチメンタルな気持ちでいた私に
一通のエアメールが届いた
そこには満面の笑みの親友の写真が同封されていて
フランスでは小学1年生のクラスに入ったこと
でも、挫けないで頑張ると書いてあった
そして、大学は日本の大学へ行くから
「会おうね!」と約束した
それから細く長く続いたエアメールは
今年3月で途絶えた
私達は入学式のある大学の校門の前で
エアメールではなく
笑顔で名前を呼び合い抱き合った
私は嬉しくて泣いた
だから私には「またね」は希望の言葉になった
【泡になりたい】
「これを3錠飲んだら本当になりたい物になれるの?」トロンとした目でヒサシの肩に顎を乗せて泥酔した私はその錠剤を見ていた
もうこの酔のまま覚めたくなかった
「人魚姫になれますように」
私はその錠剤を気持ち良くシャンパンと一緒に飲み干した
グラングランしてきて訳の分からない叫声をあげた、既に私ではない
意識はない
私は泡を吹いて床に仰向けになっていた
「もう少しで人魚姫にしてやるからな」とヒサシは言った
私はヒサシを愛してる、全ての望みを叶えてあげたい、なのに……ヒサシには彼女が居たなんて…だけどヒサシの願いを聞いたら私を1番に愛してくれるって言った
「愛してるよ、だから俺を助けて!
マリしか居ないんだよ」って言うから
差し出された紙に名前とヒサシが用意した印鑑で判を押した
それから一緒にお酒をいっぱい飲んで楽しかった、それなのにヒサシは彼女と結婚すると言った、「酷い!嫌だ!そんなの」と私が泣くと
「愛してるのはマリだよ」とまたお酒を私に注いだ、ヒサシの囁きは甘かった
「おっ!来た来た、遅いよ〰️
近くにいろって言っただろ
車に乗せるから手伝えよ」
そう言ってヒサシは弟分に金を渡した
「今、人魚姫にしてやるからな
泡になりたいんだろ」
その声を聞きながら私は海へ沈んで行った
足首に重りを付けられて……
重りの付いた人魚姫なんて居ないよヒサシ………
ヒサシ1つだけプレゼントを残してきたよ
ホテルの引き出しに
「私はヒサシに殺されます
いえ、殺されました」ってメモに書いてきたの
サヨナラ、ヒサシ
私、満足よヒサシに殺されて
だって死にたかったの
私が彼女だと思ってたのに利用しただけなんて、
だけどヒサシ、幸せになってね
ヒサシを本当に愛してたら彼女は許してくれるはずよ、殺人犯のアナタを…
【ただいま、夏】
グラスに溶ける氷が軋んでカランと鳴る
ミルクをかけてストローで氷を沈めてから
くるくる回す
ほろ苦いアイスコーヒーを1年ぶりに飲む
「ただいま、夏」
今年は一人で迎える夏
アナタ(夏)が戻って来る間に色々あったのよ
来年はまた誰かとアナタ(夏)を迎えたい
吹っ切るのに意外とかかってしまった恋だったよ
だってね、やっぱりそれは、あの人に出会ったのが夏だったから
思い出してしまう、どうしてかって?それは
切ない思いを初めて経験した恋だったから
切り傷も深かったのよ
だけど、もう大丈夫
今年は間に合わなかったけど
また、誰かとアナタ(夏)を待っているからね
暑い太陽を引き連れてやってきてね
【ぬるい炭酸と無口な君】
汗をかいた缶をずっと撫でていた
波の音だけが耳に届く
私は君の声を待っている
ひと口またひと口と私はぬるい炭酸を飲む
飲み切ったら私から言うよ
「ねっ、今夜の夏祭り、一緒に行ってくれる?」
無口な君は何も言わずにコンクリートのボコボコを指でなぞっていた私の左手の小指に
恥ずかしそうに小指を重ねて
小さな指切りをした
うつむいていた私はハッとして顔をあげた
其処には君の顔が近くにあって
ぬるい炭酸を飲んだ私の唇に
無口な君は分かるようで分からないような
かすかなキスをした
私はただ「あっ」としか言えなかった
本当は「好き」って言いたかったのに