【秘密の場所】
皆、子供の頃は秘密の場所を持っていた
大人たちに隠れて特定の誰かと秘密を共有する場所を
自分たちが過ごしやすい様に
ゲームやお菓子を持ち込んで
合言葉なんかも決めて
大人たちから隠れられる、子供だけの空間
今思えば、大人たちからはバレバレで
本気で隠せていると思っていたのは
あの時幼かった自分たちだけ
それでも、あの場所は自分たちにとって
秘密を共有できるかけがえのない場所だったと思う
ついこの間、「何でもない」と出かけて行く
息子を見てふとそう思った
【風が運ぶもの】
風が運ぶもの
雲、黄砂、花粉、鳥、噂…
風は良し悪しに関わらず、ものと想いを運ぶ
どうせなら良いものだけ運んでこれば良いのになんて
そのものの良し悪しなんて
その人その人の感じ方で違うのに
そう考えてしまう自分がいる
今日も風が運ぶ
ものと誰かの想いを乗せて
【約束】
“来年もまたこの丘の上、一緒に星を見よう”
それが兄と交わした最後の約束
僕はもともと体が弱かった
双子の兄は元気いっぱいの健康体だった
必然と両親は僕にばかり構っている様になり
兄の方はひとりでいることが多かった
兄は時より僕の部屋に来ては
外の世界のことを沢山話してくれた
外にあまり出ていられない僕にとっては
兄の話を聞くことだけが
外の世界を知ることができる機会だったし
唯一の楽しみだった
ある夜、兄が僕の部屋を訪ねて来た
「星を見に行くぞ」
「えっ、でも僕は…」
「いいから、俺がおぶって行く、さぁ、乗れよ」
「う、うん」
「うわぁ…」
「きれいだろ」
「うん、きれい」
「来年もまたこの丘の上で星を見ような」
「その時はにぃも一緒?」
「あぁ、にぃも一緒だ」
あの夜は兄に魔法をかけられた様な
そんな大切な思い出だ
きっとこれからもそんな思い出を積み重ねていける
そう思った矢先、兄は交通事故でこの世を去った
僕も容態が悪化し、入院することが増えた
畳み掛ける様な不運に
「僕はきっと、幸せになることが
許されないのかも知れない」とまで思った
僕の臓器はボロボロで今すぐ臓器移植が必要だと
医師に告げられた
ドナーになってくれる人なんて
すぐには見つからないし
仮に見つかったとしても
適合するかなんてわからない
本当、僕は…僕たちは親不孝者だ
ある日、周りの騒がしさで目が覚めた
医師から僕のドナーが見つかったのだと知らされた
僕のドナーになってくれるなんてどんな子だろう
僕はドナーの子のことを考えていた
両親が来て「良かったね」って言っていたんだ
でも、少し目が赤くなっていた
それで僕は気づいてしまった、僕のドナーは
ついこの間、交通事故で亡くなった僕の双子の兄だと
でなければこんなに早くドナーが見つかるはずがない
両親は決断したんだ
自分の息子の臓器を提供することを
それがもう1人の息子のもとへ届くと信じて
臓器は無事適合した
僕は臓器移植を受けた
そして、数年後僕は約束の丘に来ていた
「今年の星もきれいだよ、兄さん」
「あれから、沢山リハビリをして
やっと約束を果たせるよ」
兄さんはこれからも僕の中で生き続ける
「来年もまたこの丘の上で星を見ようね、兄さん」
【ひらり】
ひらりはらりと舞い落ちる桜の花びらも
ひらりひらりと舞う蝶も
未だ目覚める気配もなく
暖かな春の陽気は冬に逆戻り
春はまだ遠い
【芽吹きのとき】
寒い寒い冬が終わりのときを
迎えようとしている
日に日に気温が上がり
ポカポカとした日が増えてきた
雪も溶け始め、清らかな雪解け水が流れ出す
しかし、寒波がまた来るらしい
暖かい春と寒い寒い冬を行き来している
草木たちの芽吹きのときはまだ早い