今からそっちに行くからね。
久しぶりに電話で聴いた君の声は、大人びていたけどあの時と変わらない明るく元気な声だった。
卒業してから数年ぶりに地元に帰省した。
あの頃より街の所々が寂れてしまったけど懐かしい。
最近息が詰まってたからようやく呼吸ができる開放感があった。
実家でダラダラしていると固定電話が鳴る。
慌てて取ったところで冒頭の声だった。
相変わらずマイペースだ。電話を取ったのが自分じゃなかったらどうしたんだか。
しばらく玄関に座っていたのだが、中々やって来なかった。
どうしたんだろう。
結局、夕方になっても来なかった。
ほんとマイペースなところは変わってないなあ。
ため息をついてその日は部屋に戻った。
夕飯と風呂を終えて気絶するように眠りにつく。
来たよー。ごめんね。
中々家の中に入れなかったから夢に来ちゃったよ。
なんか元気ない顔してたから心配したけど、大丈夫そうだね。
あんまり早くこっち来ちゃダメだから気をつけてよー!
・・・目を覚ます。
思い出した。
君はもういないんだ。卒業したその日に。
あの電話は、心配してくれたんだ。
そう思うと、涙が止まらなくなった。
待ってて。いつかそっちに行くから。
でも、それはまだまだ先だから、また忘れないように時々でいいから今みたいに来て欲しい。
来てくれてありがとう。
チクタク、チクタク 針が進む
チクタク、チクタク 時が進む
狂いなく、正確に、同じリズムで
チクタク、チクタク 針が進む
チクタク、チクタク 時が進む
忙しく仕事をしていても、ダラダラ寝ていても
時は同じ間隔で進んでく
チクタク、チクタク 針が進む
チクタク、チクタク 時が進む
早く過ぎてと思っても、このまま止まれと思っても、同じリズムで進んでく
チクタク、チクタク 針が進む
チクタク、チクタク 時が進む
昔は太陽の動きで1日を過ごしていたのに、今は誰かが決めた時計で縛られている
縛られているのは、一番知恵のある人間だけ
一番知恵があるのに、自分で自分を縛り付けて一番苦しそう
それでも、生きるために今日もみんな首を絞めながら進んでく
チクタク、チクタク 針が進む
チクタク、チクタク 時が進む
チクタク、チクタク チクタク、チクタク
「今までありがとう。神様。」
そう言った君の手は、皺皺で力なかったけど、それは懸命に生きた証だった。
母の病気平癒のために熱心に通う子供だった。
雨の日も、風の日も、雪が深い日も、日差しが強すぎる日も、毎日欠かさず通うものだから当時はまだ未熟で、あまり力がなかったけれどなんとか助けたくて周りにお願いしてようやく薬を手に入れた。
ある日、人に化けてさりげなく薬を渡す予定だったのに、尻尾が隠しきれておらずすぐにバレてしまった。
恐怖に身体を震わせながら必死に母のために懇願する姿に堪らず涙が出てしまいながらも、手に入れた薬を手渡した。
後日、元気になった母とお礼に来てくれた時は本当に嬉しかった。
生活も苦しかったろうに賽銭の代わりにいつもおにぎりを持ってきてくれた。
その子がきっかけで徐々に村の人たちがお参りに来てくれるようになり、数年後には社を立派なものにしてもらえた。
そして、きっかけになったあの子供が守り人になった。
家族の命を救ってくれたからと生涯結婚せず尽くしてくれたが、段々居た堪れなくて、あの時は自分の力ではないと白状したが、そのためだけに走り回ってくれたことがありがたいのだと笑ってくれた。
さらに時が経ち、神としてあの時より力が成熟した頃、あの子の寿命が来てしまった。
「君自身の願いを叶えてない」
「母の命を助けて頂いた。村のためにみんなと一緒に頑張ってくださった。・・・それに、幼い私の友になってくれた。充分過ぎるほど願いを叶えてもらった。」
死なないでほしいと縋る手をそっと握って話す君の顔は本当に満ち足りたものだった。
あの子がいなくなってからは、代々村の中から守り人が選ばれた。
みんな本当に良くしてくれるから、別れが辛いと分かっていながら交流は辞めなかった。
それに、あの子が言っていたのだ。
「仏様の教えでは人は生まれ変わるのだそうだ。それならば、私は生まれ変わったらここに戻って来るよ。それまで待っててはもらえないか?」
いつか、あの子の生まれ変わりが来るかもしれない。
いつになるかわからない約束だが、それでも待つことを選んだ。
ーーーあれからどのぐらい経っただろうか。
1人で境内にある桜を愛でていた。
その時、
「・・・あぁ。懐かしいなぁ。」
背後から声が聞こえた。
振り返ると、姿は変わっていたが魂の気配があの子だと告げていた。
「ただいま。神様。」
気づけば幼子のようにわんわん泣きながら抱きついていた。
待ってて良かった。また会えた。
ーーー1000年先の後、神と人の友は再会を果たす。その後、あの時のように仲睦まじく暮らしたという。
川辺に腰をおろすと、サラサラと聴き心地の良いせせらぎが聴こえてくる。
しばらく、その音を聴きながらぼーっと川を眺めていた。
ふと、隣の地面に目を遣ると青白く小さな花が咲いていた。
以前本で読んだことがあった。
確か、勿忘草という名前だったはず。
ーーー昔、ヨーロッパで1人の騎士が、恋人のために花を摘もうとして川に落ちてしまい、その花を恋人に託して『僕を忘れないで』と言い遺して沈んでしまった。
恋人はその花を【勿忘草】と名付けて生涯その勿忘草を身につけて恋人を忘れなかったーーー
悲恋であると共に、亡くなった恋人を忘れず生涯を貫いた女性の強さを感じた話だった。
小さな花が風に吹かれてそよそよ揺れている。
周りには他の勿忘草はない。
その一株だけがそこにいた。
自分の存在を、主張しているように思えた。
「・・・僕を忘れないで、か。」
優しくその花に触れてみる。
ほんの少しあったかい気持ちになれた。
その後、週に1回その川辺に来るようになり、あの勿忘草の隣に座って花を愛でたり景色を一緒に眺めたりするようになった。
まるで恋人と通いデートをしている気分だ。
・・・もし、枯れてお別れになってしまったら同じ花を買って育てよう。
名前の由来になったかの女性のように、ずっとその花をそばに置いておこう。
『勿忘草ー花に恋した話ー』
ゆれる、ゆれる
ゆれて、ゆれて、いつかあの空まで届くかな
一際大きく揺れた時、そのまま飛んでいけそうな気がした
あの青いばかりの気持ちのいい空
飛んでいけたらどんなに楽しいだろう
鳥と一緒にどこまでも飛んで行けたら
飛行機と一緒ならいろんな国に行けるのに
ロケットと一緒なら宇宙にだって行けるのに
でも、いつも届きそうになったらすぐ地面に戻ってしまう
降りた時、また遠くなってしまった空を見て
くやしい、残念と口を尖らせてもう一度乗る
今度こそ空に届いてやるんだと勢いよく体を揺らす
ゆれる、ゆれる
ゆれて、ゆれて、あの空へ