芝川

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5/11/2024, 4:49:14 PM

愛を叫ぶ。


『ーーさんへ』
不格好な文字で始まったこの手紙は引き出しの奥底から見つかった。
丁寧に三つ折りされた便箋。送り主が掛かれていない手紙だったが、書き出しの文を見て思い出す。

今から十数年前のある日、私はある人に恋をした。
初めは何気なく気になっていただけの存在。だけど、日を追うごとに頭の中はあの人の事で一杯になっていった。
でもその人は周りから凄く慕われている人。優しくて、気遣いができる。そんな人だったから当然だろう。
どんな時でもあの人の周りには老若男女問わず色んな人が集まっていた。
対して私はこれと言って長所も無ければ短所も無い。”平凡”というものを具現化したような存在だった。
太陽の様な存在のあの人と、道端に生えているような草の私。誰がどう見てもこの想いがあの人に届くはずがないのは分かり切っていた。
しかし、ニンゲンという存在は不思議なもので、頭では叶わぬものと分かっている筈なのにどうしても諦めきれない。
だからせめてこの想いを形にしたいと、見よう見まねで拙い文を書き記したのだ。
今見返すと所々誤字や脱字が見られて、内容もただあの人への愛を叫んでいる様な陳腐な内容だった。
正直あの人に渡していたら鼻で笑われていても可笑しくない、そんな手紙だった。
でもこれがあったからこそ、当時の私は頑張って自分自身を変えようと容姿を変え、言葉を勉強をして何とかあの人に相応しい人物になるように努力した。そのお陰か、今では見違える様にまで成長した。全部全部あの人のお陰だ。

ーーでも、結末は非常だった。
漸くあの人に相応しい存在になれたのに、結局あの人はまた遠い存在となってしまった。
遠い、遠い存在に。
今まで容姿も知識も頑張って身に着けてきたのに…最後は全て水の泡となってしまった。
でも不思議と落ち込んだりはしなかった。
理由は分からない。これもニンゲンの不思議な所だ。

あれから十数年。初めは難しかった言葉も今ではすらすら話せるようになり、文字も普通の人同様に綺麗に書けるようになった。
ふと、昔の手紙を読み終えた時、もう一度あの人に向けて書こうと思えた。
別の引き出しから新しい桜色の便箋とペンを取り出すと、あの人の事を思い出しながら文字を紡いで行く。
『拝啓、ーーさん』
昔とは違い、細く綺麗な文字で書き記していく。
最後に封筒に書き記した便箋を入れ、封をする。もちろん切手は貼らずに。
そして、私はある場所に向かった。
その場所はあの人が居る場所。遠い存在となってしまったあの日からずっと居る場所。
私はあの人の前に来ると、そっとあの人の名前が記された石に手を振れる。
「元気にしてた?」
ポツリと呟いた言葉にあの人は返してはくれない。
「今日はね、手紙を持ってきたんだ」
先程書いた手紙を石の前にそっと置く。
「前に一度書いたことあったんだけど、その時は渡せなかったからさ。気が向いたら読んでよ」
もう一度そっとあの人の名前をそっと撫でる。
「じゃあ、また来るねーー」

ーーご主人。

5/10/2024, 1:15:58 PM

モンシロチョウ

ふわっとした風と共に春のうららかな香りが頬を撫でる。
先日までの寒さがまるで噓だったかのように太陽の暖かい日の光が降り注いでいる。
私はそっと目を閉じ、すぅっと空気を吸い込んだ。
都会の様な喧騒は無く、花々の香りと木の葉のさえずりが身体に入り込んでくる。
そっと目を開けた。
ここはだれも知らない小さなもりの広場。

仕事のストレスに耐えきれず、気の向くままに車を走らせていた。
なるべく静かな…誰も居ないような場所に。
ナビ設定もせずに山道を走っていると…
「…あれ?」
気が付くと全然知らない道を走っていた。
道路はアスファルトなのだが、周りは木々に囲まれて居て景色は見れない一本道。
昼間なのに少し薄暗い印象を与える、そんな道を走っていた。
元に戻ろうとナビを見るも、最近出来たのか現在地は山の中を差していた。
「どこかでUターンしないと」
しかし、走っても走っても道は開ける気配は無い。
時計を見ると時刻は15時半。ナビから推測するにそろそろ戻らないとこの道は街灯が無いから直ぐに真っ暗になって辺りが見えなくなってしまう。
しかもガソリンも心もとない…
いよいよバックしてでも戻るべきか。そんな事を考え始めていた時に、右側に看板が立っている事に気が付いた。
『この先 モンシロチョウの広場』
その看板は随分前から立っていたのか、色は所々剝げて四辺は雨風のせいか折れていたり丸まっていた。
この先に本当にあるのだろうか。疑問に思いつつ看板に従って車を走らせると…
「あった…」
確かにあった。あの看板と同じようなくらい古ぼけた看板と共にそこにあった。
どうやら道もそこで終わっているらしい。
折角ここまで来たのだから帰るついでにどんな場所なのか見ていこう。
そう思って広場の名前と同じくらい小さい駐車場に車を止め、ドアを開けた。
ふわっとした風と共に春のうららかな香りが頬を撫でる。
「わぁ…」
目の前の景色に思わず息を飲んだ。
確かに名前の通り小さな広場だった。
子供が遊ぶ遊具は無く、あるのは入り口前にある自販機と公衆トイレだけ。
だけど、広場の中は都会じゃ決して見ることの無い美しい景色が広がっていた。
辺り一面に広がる色とりどりの花々の絨毯を囲うように小さく開けた場所。その中心には大きな木が静かに立っていた。
まるでこの場所を見守るかのように。
私は静かにその場所へと足を進ませる。
中心に立つ大きな木の前まで来ると、一抹の風が木の葉を揺らす。
それは不思議と私を歓迎しているかの様に思えた。
「ありがと」
私は幹に寄り添うように身を預け、そっと目を閉じた。

気が付くと、私は全然知らない駐車場の車の中だった。
周りは真っ暗で自分が今何処に居るのか見当も付かない。
時計を見ると時刻は20時を回っていた。
あの場所は夢だったのだろうか…
「もう行けないのかな…」
目を擦りながら車のキーを回す。車体がブルンと揺れると頭からはらりと何かが落ちた。
車内灯を点け、見てみるとそれは若々しい木の葉だった。
その木の葉からはあの広場の香りがほのかに漂っている。
私はそっとそれをカバンにしまい込むと、シフトレバーをバックに入れた。
また来れる。そう確信したから。

5/9/2024, 12:40:00 PM

忘れられない、いつまでも

ーー夢を見た。
正直、見た夢の内容はハッキリとは覚えてない。
でも、頭の片隅にはあの人の笑顔が残ってる。
まるで太陽に照らされた向日葵の様に輝いていたあの人の笑み。
それが果たして知っている人なのか、はたまた自分自身が作り上げた者なのか。
それを確かめるために今日も私はあの人に逢いに行く。
忘れないように、いつまでもーー