まっ新な青きスリッパ春動く
入院前に投稿した俳句。
『まっさらなあおきスリッパはるうごく』
本当はスリッパは、室内で履くもの春動くの季語には合わないかもしれない。
でも、春だから少し明るめの青いスリッパで、日が伸びてきた台所を忙しく動き回る自分をイメージした。
だけど、人によってはトイレスリッパをイメージしたかもしれないし、カチカチのビニールのスリッパを思い浮かべたかもしれないし、病院のスリッパかもしれないし、子供が欲しがったキャラクターのスリッパかもしれないし。
今日は体調も良く、点滴針も外れて1階から7階までを3往復できた。ステロイドによって暴れる免疫を抑えているから、回復しているように思えているだけなのだけれど、やっぱり大丈夫なんじゃないか、と錯覚してしまう。
力が入らなかった指先に力が入るようになり、ペットボトルの蓋を開けられるようになった。不思議だった、こんなにも不便な状態なのに、力が入らない事が可笑しくて笑ってしまった。仕方ないから、洗面所の水道水を飲んで、うちの水道水よりかなり不味かった。でも、不味いなど言ってられない、平気になった。ペットボトルの水は必要ないかもしれない。
スクワットや壁押し、ラジオ体操など、少しずつ強めの運動をして、退院したらすぐに職場復帰したい。とにかく、今まで以上に鍛えていかないと。薬に負けないように。過去の自分に負けないように。
というより、完全に1回死んでるし、公費で賄われる薬によって、それは誰かの血と汗がわたしの命になる。その事を決して忘れないようにしないと。
生検の結果を待っている途中。たぶん完治はしない難病で、障害者申請を受けます。
母が障害者のためか、それほど悲観はしてません。入院10日目、ステロイド投与4日目。とうとうわたしの番が巡って来た。それは悪い意味ではなくて、静かな気持ちで受け止めた。
本当なら、10日前から苦しんであと数年苦しんで死ぬ予定だったのものを、医療関与を選び、命の継ぎ足しをしました。と、言うことは、もう自分のために生きることは許されません。
身体は回復しているけれど、これは本当の回復ではなく、ステロイド投与によるもの、ここを勘違いして奇跡だ神様ありがとう、なんて思い違いをしたらいけないんだと思う。医療によって、命の継ぎ足しをしただけだから。
入院当初よりの倦怠感は無くなり、今朝はスクワット40回、テレビ体操、その場で走るのを3分ほどできた。体重測定、42.6。先週は支えて貰わなければ体重計に乗ることができなかったのに、今朝はふらつかずしっかりと乗れた。
もはや、動物の苦しみや血肉は必要ありません。それはどうしてか、二千年前のイエスの贖いの血によって、この世界が清められたから、なんだそうです。
じゃ、なんで病気や精神的苦痛の人、戦争が増えているのか、『神様がわたしを思い出せ』と、光に満ち溢れ強く臨んで来ているから、だそうです。
罪滅ぼしの世界、先祖の因縁は二千年前に終わり、もう既に救いの人生を歩む事ができる世界、なんだそうですよ。イエスの贖罪によって。
破壊と創造は同時に行われる。
自分の事を、過去を嘆いている暇はない。
わたしはこの体験を持って、世の中に立ち向かう。切り札がなければ、伝導など出来ない。神様は個人的な願いに、奇跡など起こさない。そもそもこの病気に完治も寛解もないから。
この身体ひとつで、伝導していくことになる。他人から見たら、「お気の毒」「可哀想」。だけど、本当は、悩み苦しみの中で病気の真っ只中にある人の方が、誰よりも幸せを感じているのかもしれませんよ。そういう人は光が強いから。
自分の幸せや家族の幸せのため、それは苦しみが増えるだけだからその考えは無い。
もう、わたしのような迷い続ける苦しみや病気の人を増やしたくない、それだけを思って活動していく。
命は、大切にしてください。ちょっと厄介な病気が発覚して、この先どうなるかはわかりません。完治は難しくても、寛解できるようがんばっています。今後、1つの症例になると思います。
人を嫌ったり恨んだりしている時間がもったいないです。退院したら、一生懸命他人に尽くそうと思います。それは、自暴自棄のやけくそで、自分の命を燃やすのではなく、この身をもって知った事を伝えて行きます。
この身を、生まれてきたことを、嘆いている暇はありません。一生懸命、身体を動かして、もっと人と共に笑って泣いて、喜怒哀楽の中にあって、生きて行く覚悟です。
自分の中にある、ひねくれようとする自分に負けてはならんのです。
命に、小さいも大きいもありません。命は命です。
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新(さら)
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