いなくなって何年も経つけど
散歩中に嬉しそうにこっちを見る顔
撫でてほしくて手のひらに頭をこすりつけてくる温度
昼寝中の安心しきった平和な寝顔
炬燵の中の無防備すぎるヘソ天
なくなったりしない
全部、ここにある
『ここにある』
太陽のまっすぐな日差しを受け止める縁側
水を張った子ども用プールと、野菜の入った大きなたらい
そこで、いたずら心が頭をもたげる
みんなが帰って来る前に、少しだけ
素足をそっと、プールの冷たい水に浸す
わたしだけの、夏の秘密
『素足のままで』
君の隣を並んで歩く
くだらない話に笑い合いながら、決して手が触れない距離で
どんなに仲良くなっても、どんなにお互いのことを知り尽くしても、
この一歩を埋めるだけの感情を君が持っていなかったら?
それが怖くて、今日も綱渡りの距離を保つ
だけど神さま、どうかお願いします
もう一歩だけ、それだけでいいから
『もう一歩だけ、』
あなたが書店で見つけた一冊の本
あらすじも、作者の前評判もわからない、何も知らずに出会った一冊
心惹かれたのはその題名か、表紙の色合いか、それともたまたま手を伸ばした先にあっただけか
列車でたまたま見かけた駅で降りるような、一瞬の出会い
そんな本と出会えたあなたは、誰もあなたを知らない街を、自由気ままに旅するのだ
『見知らぬ街』
ゴロゴロ……と低い音が耳を打つ。
読んでいた本から目を外して窓の外を見やると、遠くで激しい光。少し遅れて、地鳴りのような音。
ああ、雷か。
読書に夢中で気が付かなかった。
いつの間にやら外はどんよりと暗く、開けた窓から入る風はひんやりとしているのに湿っぽい。雨も降りそうだ。
読みかけの本を置いて立ち上がり、家中の窓を閉めて回る。
その間にも、雷は少しずつ近づいてくる。
あの人が帰って来るよりも、雷のほうが先に辿り着いたりして。
そんなことを考えながら、遠くで光る雷と、その音が聞こえてくるまでの時間をゆっくり数える。
いーち、にーい、さーん……。
『遠雷』