昼間は草原で、ひらひらと揺れるスカートと舞う蝶に目が回っていた。
夜はろうそくの明かりだけで、貴方がピアノを弾いているその音に、襲われるような嵐のような緊張を感じ、少しずつ力が抜けていく。曖昧な気分になって、なにも見えなくなった。ろうそくの煙には毒でもあるかのように、貴方のピアノは催眠術のようだった。
私はその緊張と恐怖とわくわくと、たった一つ朝も夜も昼も変わらぬ、感情を抱えている。
貴方の恐怖か?甘さか?どんな香水よりも鼻につく、どんなお酒よりも酔いつぶれる、貴方の声。
あるとき、一度抜け出そうとしたことがあったような。
なぜか、猛烈に貴方のピアノにうんざりしていた夜、私は屋敷を飛び出して広い庭を抜け、門の手前まで、鬱陶しいスカートを握りしめて走ったんだった。
けれどあっけなく貴方に手を掴まれた。
そしてその夜は、貴方とダンスを踊った。古い蓄音機の音は今も忘れない。
それと貴方の鼓動とか、息遣い、言葉は思い出せないけれど、音や表情は覚えていた。
貴方の顔、貴方の声、体温、なんだか全て愛おしいと思った。心の底から離せないものが生まれた。
愛している。ただ、愛しているの。
この日記、貴方に読まれるかしら。
今夜貴方は抜け出して、庭を抜け、門の手前まで行くでしょう。
けれど私は止めやしないわ。貴方の手をとれるほど、私は強くはないの。貴方を待っている。
シュワシュワが舌に残って消えてくれない、ソーダが冷蔵庫で凍っていた、貴方の家の小さなキッチン。
今や私の心臓までも凍りつくよ。薄々気づいていたはずだったのに、私は目を閉じた。
つぶったつもりはなかったの、ただ、貴方が私を夢の中へ連れてっちゃうから。
それでも、違ったのかしら、麻薬みたいに私は錯乱していたのかもしれないわ。
ああー、涙の味がどうしてあの冷蔵庫のサイダーの味なの?
約束
沈んだほうがいいのよ。
日が沈んだあとのほうが涼しかったな、貴方を君と呼んだとき、もうあの川辺にはいなかった私は、朱に白の斑点の浴衣を脱ぎ捨ててしまったの。それは過去にしてしまったみたいに。泣いていたのよ、私は。貴方が来なかったから。まだ呆れたわけじゃないの。
そう思って見上げた空はまだ太陽に包まれたままで、振り返れば、君が遠くに見えた。
今更今更なの?って泣きたいし叫びたいけど、また閉じ込めちゃうの。日が沈まない今ならまだ貴方と呼び直せるのね。
月下美人
溶けてしまいそう、キラキラして、目に染みる光なの。それ以外、どこに目をやればいいのか、緊張しちゃうの。太陽みたいな貴方だから溶けてしまいそうなのかもしれないけれど、私が溶けてしまいそうなのは太陽みたいな貴方じゃない。夜、月のように静かに囁く貴方なの。