【子猫】
「なんかこう、イライラするっていうか……」
眉を寄せてボソボソと呟いたから、何気なく聞いてみる。
「えー、猫キライ?」
「別に嫌いじゃない」
イヤではない割にむっつりとした声が返ってくる。
「じゃ、どして?」
「可愛いは、可愛い。けど」
「けど?」
「小さいの。丸めて、丸めて」
「丸める?」
思ってもみなかった方向に、話が進んでいる気がする。
「こう、手の上で」
「手の上で?」
「こう?」と左の手のひらを上にして差し出す。
「撫でてるうちに」
「うん。撫でる」
手のひらに乗っている何かを、右手で丸く撫でるようにする。
「どうしていいか分からなくなるんだ」
「へ?」
両手と目と口を開いたまま、固まる。
「どうしていいか分からなくなる……の?」
繰り返して、そのうち何かがじわじわときたのか、背中を丸めて笑い出す。
「どうしていいか、分かんないんだ〜。そっかそっか」
「なに!」
どうして笑われているのか分からず、ムキになる。
「可愛くて、可愛くて、どうしようもなくなっちゃうんだね〜」
「は?」と言った顔が真っ赤に染まっている。
「そんなこと言ってない!」
「分かるよ〜」
「ウソつけ! 思ってもいないくせに」
「そんなことないよ。ホント可愛いって困るよね」
【また会いましょう】
ありがとうなんて
言ってくれなくてよかったのに
段々
思い出せないことの方が増えていって
いつかはなんにもなくなっちゃうのかな
薄情でごめん
時間の進み方が前と違ってて
もう追いつけないんだ
でもずっとそこで笑ってて
【スリル】
券売機の手前で袖を引かれた。
「ん、どしたー?」
振り返ると、俯いた頭の真ん中につむじが見えた。
「やっぱ、やめよう」
最初は、ボソボソ言う声の内容を聞き間違えたのだと思った。どうしてここまで来て急に、「やめよう」なのか分からなくて、もう一度「どした?」を言う。
「乗るのやめよう」
やっぱり「やめよう」と言っていた。
「体調、悪い?」
「違う」
「ね、もしかして……」
「言うな」
「高い所……」
言いかけた言葉を最後まで言わせず、早口で告げる。
「高い所は大丈夫だ」
「えーじゃあ、なに?」
「観覧車にスリルがあるって、逆にスゴイね」
「バカにしてるだろ」
「えー? どーして?」
「いい年して、観覧車、乗れないとか!」
「苦手なものに、年、関係なくない?」
「これはスリルなんかじゃない」
「お得じゃん? 絶叫系がいらないってことでしょ?」
「安上がりって言いたいのか」
「どして、そー捻くれちゃうの」
「スリルなら、多少なりともドキドキワクワクがあるもんだろ」
楽しくもなんともない。これはただの恐怖だ。
「イヤな思い出でもあった?」
「ない」
「まあ、夜でよかったね。多分」
「多分って、なんだ」
「夜をかき混ぜるスプーンになれるんだよ〜」
【飛べない翼】
「今度生まれ変わるなら天使がいい」
そう言うと、神様はちょっと考えるみたいな顔をして、口を開きかけてすぐに閉じた。神様が答えないってことは、そういうことだ。
「ダメなの?」
「たいていは、同じような種類に生まれ変わるね」
遠回しに言うけど、なんとかしてくれるのが神様じゃないの?
「種類って……天使だって、翼あるし。それに同じのはもういい」
「どうして?」
「飛べないってバカにされた。なんのための翼だろ」
「飛べるってことはね、逃げなきゃならない敵がいるってことなんだよ」
「敵、いてもいいもん」
「そうかなあ。敵もいなくて、ご飯が保証されてる生活。いいと思うけどな」
「だからシアワセだっていうの?」
「うん。そうとも言うね」
呑気すぎて、敵を敵だと気づけなくて、滅びたヤツらだっている。それが幸せだっていうのかな。
「何が不満なの。充分可愛い姿をしてるのに」
「違うんだって! 可愛いじゃないの! カッコよくなりたいの! 天使カッコいいもん。空も飛べるし、手も使える」
「そう? 可愛いくなりたくたって、なれないコもいるのにね」
神様はのんびり言うけど、そうじゃないんだ。
「必要ないもの持ってたって、しょうがないよ」
神様が小さく息を吐く。
「それはね、『ないものねだり』って言うんだよ。翼、飛ぶ以外にも、お役に立つことたくさんあると思うけど」
「分かんないよ」
「それに気づいたら、もしかしたら天使にもなれるかもね」
【ススキ】
「夕暮れのススキ野原にはキツネが飛ぶよ」
知ってるよ
光を受けたススキの穂がキラキラ、キレイだもんね
そんな詩人みたいな表現すると思わなかったからちょっとびっくりして、でも笑っちゃった
一緒に行ったこと、なかったね
今度とっておきの場所、教えてあげる