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【スリル】


券売機の手前で袖を引かれた。
「ん、どしたー?」
振り返ると、俯いた頭の真ん中につむじが見えた。
「やっぱ、やめよう」
最初は、ボソボソ言う声の内容を聞き間違えたのだと思った。どうしてここまで来て急に、「やめよう」なのか分からなくて、もう一度「どした?」を言う。
「乗るのやめよう」
やっぱり「やめよう」と言っていた。
「体調、悪い?」
「違う」
「ね、もしかして……」
「言うな」
「高い所……」
言いかけた言葉を最後まで言わせず、早口で告げる。
「高い所は大丈夫だ」
「えーじゃあ、なに?」

「観覧車にスリルがあるって、逆にスゴイね」
「バカにしてるだろ」
「えー? どーして?」
「いい年して、観覧車、乗れないとか!」
「苦手なものに、年、関係なくない?」
「これはスリルなんかじゃない」
「お得じゃん? 絶叫系がいらないってことでしょ?」
「安上がりって言いたいのか」
「どして、そー捻くれちゃうの」
「スリルなら、多少なりともドキドキワクワクがあるもんだろ」
楽しくもなんともない。これはただの恐怖だ。
「イヤな思い出でもあった?」
「ない」
「まあ、夜でよかったね。多分」
「多分って、なんだ」
「夜をかき混ぜるスプーンになれるんだよ〜」

11/13/2023, 9:58:56 AM