時間よ止まれ。
私は今幸せだから。
好きな人と結ばれたのだから。
だから、今この時のまま、私と彼の時間が止まってほしい。
お願い。
「胡桃、何で涙目なの?」
「えっ!私、涙目に見える?」
「見えるも何も、涙目だから…。なんか、悲しい?あっ、もしかして辛かった?
ごめん。優しく出来たかなって思ってたんだけど、独りよがりだったかな?」
そんな事ない。彼は優しかった。
何処までも何処までも優しかった。
今までのどの男性-かれ-よりも優しかった。
優しくて、幸せだった。
「和久のせいしゃないよ?和久、優しかった」
私は涙目になった目を拭きながら彼にそう伝えた。
「そっか。だったら、良かった」
少しの沈黙。
〜♫〜♫
何時もの音がなった。
彼は静かにベットからおり、軽くシャワーを浴びて服を着ていく。
もう、おしまいの時間だ。
「胡桃、バイバイ」
「またね」
そういうと、彼は帰っていった。
何処に?
彼とお付き合いしている彼女の所。
ホント、最低だ。
私も最低だけど、彼も最低。
それでも、この一時は幸せだった。
女性であることが、この時だけは良かったと思った。
私の恋に、終わりなんてない。
だから、終わらせるなら、貴方から終わりにして、何処までも身勝手でいさせて……。
好きなの。
最低でも、彼、和久の事が好きなの……、
夜景がよく見えるこの場所は、とても好きだ。
小さい山の山頂にある神社は、とても見晴らしがいい。
こんなに素敵な夜景を、私は特等席で見ている。本当に素敵だ。
出来ればこの夜景をここの神主にも見て欲しいけれど、私がいる場所は、この神社の屋根の上だから、絶対に無理なのだ。
「夜空は、綺麗は綺麗だが、やっぱり大昔に比べれば、町は明るいな」
私はこの神社が建てられた時から今までずっとこの町を見守っていた。
畑ばかりだった土地に家が建ち、人が住み着きどんどん発展をしていった。
「自然が犠牲になりながら、ね」
それでもこの町の人達は、この神社を愛してくれている。慕ってくれている。
それだけで、私はとても幸せな気持ちになる。自然の犠牲を伴い、私が私でいられる基盤が出来上がったのだ。
「夜空に輝く星たち、星に照らされる町よ。私は、ずっと見ているから、ずっと、味方でいるから。だからどうか、一人でも多く、心穏やかに暮らしてほしい。
神の願いだ……」
夜空には沢山の星が煌めいている。
町にはたくさんの営みが垣間見える。
私は、この町、国が大好きだ。
空が泣く。空が泣いたら、甘い飴が降ってくる。その甘い飴は、神様の涙だよ。と、昔母に教わった。
けれど、私が小さい頃に飴が降ったきり、もう何年も空は泣いていない。
きっと、それは良いことで、幸せな事だと思うけれど、私には、どうして空が泣くのか。
空が泣くと、どうして甘い飴が降るのか、私は大人になって、何となくわかったような気がする。
空が泣くのは、世界が今、幸福だから。
争いも悲しみもなく、空の下に居る私達が幸せに満ち溢れていたから。
空は、悲しいから泣いていたんじゃない。
きっと、空の下の人達が幸せだったから、嬉しくて涙を降らしていたんだ。
そんな空が、今全く泣かないということは、世界は今、悲しみに満ち溢れてしまっているということだ。うん。そうだ。きっと、そうに違いないと、私は思った。
だったら、全然良いことなんかじゃない。
前言撤回。
………けれど、だからって私はどうしていいのか分からない。私はこれから、どんな事をすればいいのかも、分からない。
小さい頃に舐めた涙の飴は、どんな味をしていたんだっけ?あんなに沢山子供の頃に感じた味、けれど、大人になった私はもう、涙の飴がどんな味をしていたのか、わすれてしまった。
君からのLINEには、こう記してあった。
「彼氏に別れようって言われた。私、何か悪い所があったのかな?」
どうしてそんなことを俺に聞くんだ。
狡いじゃんか、そんなの……。
俺の気持ちに気付いてて、わざとメッセージを送ってくるんだろ?
そんな悲しい事だったら、友達に吐き出せば良いのに。どうして俺なんだ。
だけど、君は俺の気持ちに気づいてないふりをして、相談して、時に甘えてくる。
ずるくて、ムカついて、………けど、可愛くて………、惚れた人が負けだというのなら、俺はきっと、君に完敗なんだ。
〜♫〜♫
LINEの着信が鳴る。君からの着信だ。
この着信にでなければ、俺はきっと、君との曖昧で、狡い関係から抜け出すことが出来る。きっと。
ぬけ、出す………、こと、
「………どうした?」
俺はまた、君の電話に出てしまった。
自分でも、本当に嫌気が差す。
女々しくて、嫌になる。
でも、どうしょうもなく、好きなんだ。
命が燃え尽きるまでって…………
実感なんかわかないし、現実味がない。
良く、アニメのキャラクターでこんなセリフをいうキャラクターが居るけれど、それは二次元だから許されることで、日常でそれを使うやつなんか居ない。
いたら、きっと引く………。
「命が燃え尽きるまで、亜理沙に好きだって言いたいな……、」
私の彼氏が、今日、こんな事を言った。私は呆気にとられてしまった。
「命が燃え尽きるまでって、やめてよ。なんか、気色悪い」
「どうして?俺は強い意志を感じるけれど」
彼はそういうと椅子から立ち上がり、ビール缶を一缶持ってきて、それをプシュッと開けながらこう続けた。
「世の中には、毎日命を燃やしている人達が少なからず居る。命を張って、戦っている人達が居る。
俺達は、当たり前の日々を過ごせているけれど、俺達の当たり前とは違う日々を過ごしている人達だって居る。」
「俺達だって、どうなるか分からない。そんな不安定な世界に居るんだと、俺は思ってる。だから言うんだよ?
命が燃え尽きる事があるのなら、命が燃え尽きるまで俺は愛とか、優しさを伝えたいって。馬鹿にされようが何を言われたって構わない。
俺が、そうしたいから」
あ、これ伝えなかった、って、後悔したくないからさ。彼はど真面目にそう言い切った。
彼のことばに圧倒され、私は何も言えなくなり、何だが恥ずかしさを感じただけなのかも
けれど、私は彼の、真宙(まひろ)のこういうところに惚れたのだと、改めて思ったのだった。